高慢と偏見とゾンビ/ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス(二見文庫)

この新刊が書店に並ぶや、同時に古典的な名著として名高い本家作品の方も俄に売り上げを伸ばしたとか。十九世紀のイギリス文壇を代表する作家のひとりジェイン・オースティンの代表作を、セス・グレアム=スミスが血みどろのゾンビ小説に仕立て直して話題となり、全米でベストセラーを記録した『高慢と偏見とゾンビ』である。
謎の疫病が蔓延し、甦った死者たちが徘徊する十八世紀末のイギリス。ロングボーンの田舎町で暮らすベネット家の五人姉妹たちが、カンフーの修行にうち込むのも、襲いくるゾンビたちから身を守るためだった。しかし、いったん戦闘から離れれば、年頃の彼女らにとって一番の関心事は、自分たちの結婚話だ。ある時、独身の資産家ビングリーが友人のダーシーを伴い、村に越してくる。長女ジェインの婿にと、母親はビングリーに白羽の矢を立てるが、互いに惹かれ合いながらも、ふたりの結婚話は頓挫してしまう。原因が友人のダーシーにあると見た次女のエリザベスは憤慨し、怒りの矛先を彼に向けるが。
複数の曲を繋ぎ合わせて新しい曲を作る音楽でいうマッシュアップの小説版とも言われているようだが、ホラーのガジェットをサンプリングした古典小説といった方が近い。過ぎ去りし時代の世相や社会状況に、ゾンビという非日常のシチュエーションを当てはめる奇矯さがキッチュ趣味に走っているきらいもあるが、やはり読者の心に残るのは、周囲の価値観に抗いつつも成長を遂げていく多感なヒロインの姿だろう。異形の外見をまといつつ、原典の滋味をきちんと継承した小説作法が光っている。 
[ミステリマガジン2010年4月号]

高慢と偏見とゾンビ ((二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション))

高慢と偏見とゾンビ ((二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション))