暴行/ライアン・デイヴィッド・ヤーン(新潮文庫)

一昨年の英国推理作家協会賞新人賞部門に輝いたライアン・デイヴィッド・ヤーンの『暴行』は、異色中の異色作といっていいだろう。一九六四年のニューヨーク。ある晩のこと、一人の若い女性がアパートメントの中庭で暴行を受け、瀕死の状態で横たわっていた。悲鳴を聞き、事件を目撃した者は三十八人もいたが、誰一人として助けに入ったり、警察へ通報した者はなかった。
社会学でいう〈傍観者効果〉という言葉を生むきっかけとなった実際にあった事件を、目撃者たちの視点から再構築しようと試みたのが本作だ。隣人たちはなぜ事件を傍観したのか? ヤーンはユニークな形の群像劇を通して、悲劇を生んだ背景を解き明かしていく。同時進行サスペンスの手法で連ねられるエピソードが、次々六○年代アメリカの世相を浮かび上がらせていく面白さは見事というほかない。
[波2012年4月号]

暴行 (新潮文庫)

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