トガニ 幼き瞳の告発/孔枝泳(新潮社)

孔枝泳コン・ジヨン)は、辻仁成とのコラボレーション作品もある韓国の女性作家だ。若かりし頃には労働運動にも身を投じたこともある彼女の『トガニ 幼き瞳の告発』は、二○○五年韓国南部の都市光州で起きた聴覚障害者特殊学校における虐待事件とその後の裁判に取材した、社会派としての告発の書だが――。
主人公のカン・インホは、六ヶ月続いた失業状態に終止符を打つべく、霧津の町に降り立った。ソウル郊外のマンションに妻子を残し、心機一転のつもりで就いた特殊学校の教師の職だったが、就職先の慈愛学院に到着早々、目の前の光景に驚かされる。恐怖の表情を浮かべて奇声を発する少女や机に泣き伏す少年。さらには生徒の不審死事件の犯人を、子どもたちは知っているという。ただならぬ空気を嗅ぎ取った彼は、大学時代の先輩ユ・ソジンに背中を押されるように、学院の秘密に深入りしていく。
実際の事件をめぐる裁判は二○○七年に結審したが、その二年後に出版された本作、さらにはその映画化(2012年8月現在公開中)がきっかけとなり、世論に後押しされるような形で韓国では性暴力に対する処罰の法整備が進められたという。子どもたちに蹂躙の限りをつくす犯人たちの悪逆には目を覆いたくなるが、物語の後半、法廷場面に突入するや、意表をつく展開の釣瓶打ちが読者を待ち受ける。作者が告発小説という本旨だけでなく、読者のリーダビリティも気にかけていることが窺える好作品だ。
[ミステリマガジン2012年8月号]

トガニ―幼き瞳の告発

トガニ―幼き瞳の告発