アイアン・ハウス/ション・ハート(ハヤカワ・ミステリ、ハヤカワミステリ文庫)

アメリカ人の過半数は宇宙を生み出したのはビッグバンではなく、神だと信じているという驚きのデータをネット上で見かけた。二者択一の投票サイトrrratherの一コンテンツで、データの正確性は不明だが、アメリカ国民の中に、プリミティブな価値観を持った人々が相当数いることは間違いないだろう。ジョン・ハートの最新長編『アイアン・ハウス』を読みながら、そんなことを思い出した。
若き殺し屋のマイケルが、長く世話になった犯罪組織に別れを告げる決心をしたのは、恋人エレナから妊娠を告げられたことがきっかけだった。孤児だった彼に目をかけ、少年の頃から可愛がってくれたボスも、死の床で再出発を祝福した。しかしマイケルの殺しの腕前をあてにする幹部のジミーとボスの息子ステヴァンは、彼が抜けるのを容易に許さなかった。恋人と連れ立って逃走を図ったマイケルを執拗に追い、ついには幼い頃に孤児院で別れたきりの弟ジュリアンまでも巻き込んで脅しをかけてくる。
受賞すればフランシスに並ぶ三度目という大記録がかかったエドガー賞には、残念ながらノミネートされなかった本作。元々、人間ドラマの描き方にベタなところのある作者だが、今回は恋人の妊娠、生き別れの兄弟、足抜けの落とし前と、やけに旧弊な空気に包まれている。後半にはV・C・アンドリュースもかくやという怒涛の展開もあって、先に述べたような保守的な読者層に対する意識が作者にはあるのかもしれないと、やや勘ぐりたくなった。とはいえ時代がかった佇まいに戸惑いながらも、ポケミス五百ページ越えをいう長丁場を、今回も一気に読まされてしまう。骨太のストーリーテリングはさすがというほかない。
[ミステリマガジン2012年4月号]

アイアン・ハウス (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

アイアン・ハウス (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)