2012-01-01から1年間の記事一覧

カエル少年失踪殺人事件/イ・ギュマン監督(韓・2011)

韓国では、二○○七年の法改正で殺人事件の公訴時効がそれまでの十五年から二十五年になったが、その見直しのきっかけとなったふたつの重大未解決事件があったという。そのひとつが、『殺人の追憶』(2004)でボン・ジュノが描いた華城近辺で起きた連続強…

サクソンの司教冠/ピーター・トレメイン(創元推理文庫)

すでに歴史ミステリ好きにはおなじみ、アイルランド出身の作家ピーター・トレメインによる〈修道女フィデルマ〉シリーズの『サクソンの司教冠』である。いきなり第五作の『蜘蛛の巣』から紹介が始まったが、シリーズ第二作にあたる本作の翻訳紹介で最初の五…

居心地の悪い部屋/岸本佐知子編(角川書店)

喩えるならば、人の集まるところは苦手なくせに、何かの弾みで出席の返事をしてしまい、気が重いまま顔を出したパーティのようなものだろうか。岸本佐知子編訳の『居心地の悪い部屋』は、そんなアンソロジーである。しかし、気がついてみると、居心地の悪い…

修道院の第二の殺人/アランナ・ナイト(創元推理文庫)

かのイアン・ランキンも折り紙をつけるというイギリスの女性作家アランナ・ナイトは、四十年以上ものキャリアを誇るベテラン作家だ。この『修道院の第二の殺人』が本邦初紹介となる。 一八七○年のエジンバラ、ひとりの罪人の絞首刑が執行された。その前日、…

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ[新訳版]/ジョン・ル・カレ(ハヤカワ文庫)

先ごろ出た新訳版で『羊たちの沈黙』が若い読者を獲得していると聞くが、こちらも三十七年ぶりのリニューアルで注目されるジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ[新訳版]』である。アップデートされた名作の再登場に拍手を送るオー…

骨の刻印/サイモン・ベケット(ヴィレッジブックス)

CWA賞の最優秀長編部門で候補にもなった前作は日本での評判もよく、その続編を待っていた読者も多かったろう。サイモン・ベケットの『骨の刻印』は、三年ぶりの再登場となる〈法人類学者デイヴィッド・ハンター〉シリーズの第二作にあたる。 ひと仕事を終…

暴行/ライアン・デイヴィッド・ヤーン(新潮文庫)

一昨年の英国推理作家協会賞新人賞部門に輝いたライアン・デイヴィッド・ヤーンの『暴行』は、異色中の異色作といっていいだろう。一九六四年のニューヨーク。ある晩のこと、一人の若い女性がアパートメントの中庭で暴行を受け、瀕死の状態で横たわっていた…

アニマル・キングダム/デヴィッド・ミショッド監督(2010・豪)

『フローズン・リバー』や『ウィンターズ・ボーン』といった名作を輩出し、いまやミステリ映画の名門といった感もあるサンダンス映画祭だが、デヴィッド・ミショッド監督によるメルボルン発の犯罪映画『アニマル・キングダム』も同映画祭でグランプリ(ワー…

シャーロック・ホームズ シャドウゲーム/ガイ・リッチー監督(2011・米英)

ひと頃は映像作家としてほとんど死に体という陰口まで囁かれたガイ・リッチーが見事に息を吹き返した前作。そして、この続編『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』では、ついにかつての勢いを取り戻した感がある。欧州の各地で起きる謎の爆破事件の裏に…

TIME/タイム/アンドリュー・ニコル監督(2011・米)

金持ちは長生き、貧乏人は短命。そんな不条理な(とばかりはいえない?)格差が支配する世界を描く『タイム』は、設定はSF(近未来というよりはパラレルワールドか)だが、随所に切れのいいサスペンスが仕掛けられている。科学技術が進み、老化や寿命とい…

野蛮なやつら/ドン・ウィンズロウ(角川書店)

饒舌で機知にとんだ語り口は、『ストリート・キッズ』以来、ドン・ウィンズロウの持ち味といっていいだろう。とはいえ、過去を振り返るとそのスタイルは必ずしも一様ではなく、出だしから軽快で乗りのいい新作『野蛮なやつら』でも、またまた新たな語りのマ…

火焔の鎖/ジム・ケリー(創元推理文庫)

デビュー作『水時計』の洪水迫り来るクライマックスから、一転して今度は記録的な大旱魃で幕があく第二作『火焔の鎖』。お手本はやはり彼の地を舞台にしたブッカー賞作家グレアム・スウィフトの『ウォーター・ランド』(新潮クレスト・ブックス)だろう。し…

ロスト・シティ・レディオ/ダニエル・アラルコン(新潮社クレスト・ブックス)

最近では、二○一○年にヴィクター・ロダートの『マチルダの小さな宇宙』が受賞作に輝いたPEN/USA賞だが、その二年前に同賞を受賞している『ロスト・シティ・レディオ』。作者のダニエル・アラルコンはペルーに生まれ、アメリカの大学に学んだというニ…

哀しき獣/ナ・ホンジン監督(2011・韓)

ミステリ映画としては甘さが目立った『チェイサー』の世評の高さには怪訝な思いを抱いたものだが、ナ・ホンジンの監督第二作『哀しき獣』はいい。おそらくは前作と役どころを逆転させてのあて書きだろう、請負殺人のブローカーとして型破りの行動力を発揮す…

アイアン・ハウス/ション・ハート(ハヤカワ・ミステリ、ハヤカワミステリ文庫)

アメリカ人の過半数は宇宙を生み出したのはビッグバンではなく、神だと信じているという驚きのデータをネット上で見かけた。二者択一の投票サイトrrratherの一コンテンツで、データの正確性は不明だが、アメリカ国民の中に、プリミティブな価値観を持った人…

真鍮の評決[上・下]/マイクル・コナリー(講談社文庫)

ごく一部の作品を除けばマイクル・コナリーの作品は主要な登場人物を介して繋がり、一大サーガのようなものを形作っているが、リンカーン弁護士ことミッキー・ハラーもそんなキーパーソンの一人だ。『真鍮の評決』では、そのハラーとハリー・ボッシュとの意…

裏返しの男/フレッド・ヴァルガス(創元推理文庫)

『青チョークの男』以来ほぼ六年ぶりの翻訳紹介となるフランスの才媛フレッド・ヴァルガスの『裏返しの男』である。作者には、もうひとつ〈三聖人シリーズ〉があるが、本作は現在も書き続けられているパリ第五区警察署長アダムスベルグ警視シリーズの第二作…

果てなき路/モンテ・ヘルマン監督(2011・米)

ロジャー・コーマンに見いだされ、ニューシネマのカルト的な名作として今に伝わるロードムービー『断絶』(71)を世に送ったモンテ・ヘルマン。しかし、話題にはなったものの興行的には失敗し、その後、表の世界からフェイドアウトしたかに思われていたが(…

灼熱の魂/ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(2010・加仏)

アカデミー賞の外国語映画賞部門にもノミネート、先頃発表された〈キネマ旬報〉の二○一一年ベストテンでは堂々のランクイン(九位)を果たしたカナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『灼熱の魂』は、内乱の嵐が吹き荒れる中東某国を舞台にした、地獄めぐり…

羊たちの沈黙(上・下)/トマス・ハリス(新潮文庫)

たった一作がミステリの歴史を変えてしまうことがある。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙(上・下)』(新潮文庫)もそんなひとつだ。ジョディ・フォスターが初々しい見習い捜査官を、アンソニー・ホプキンスが毒々しくハンニバル・レクター博士役を演じた映…

サラの鍵/ジル・パケ=ブレネール監督(2010・仏)

ジル・パケ=ブレネール監督の『サラの鍵』は、悪夢のような現実に翻弄されながら、それでも逞しく生き抜こうとするヒロインの姿を浮かびあがらせる。一九四二年夏のパリ、ドイツ軍の侵攻で自国の政府によるユダヤ人の一斉検挙が行われたその朝のこと、一家…

ミッション・ソング/ジョン・ル・カレ(光文社文庫)

そのままでは難しかろうと勝手に心配していた邦題が「裏切りのサーカス」に決まったという『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の映画化。ジョン・ル・カレの読者からは非難轟々だったとも聞くが、配給会社の担当者の苦労もしのばれる命名は悪くな…

キャンバス/サンティアーゴ・バハーレス(ヴィレッジブックス)

二年前に驚きのデビュー作『螺旋』でわが国の読書界を湧かせたスペインの作家サンティアーゴ・パハーレスが帰ってきた。最新作『キャンバス』である。 天才画家のエルネストを父親に持った息子のフアン。自分も画家を志すものの挫折し、今は父の作品の管理を…

解錠師/スティーヴ・ハミルトン(ハヤカワ・ミステり)

MWAの最優秀長編賞とCWAのスチール・ダガー賞というダブルクラウンに輝いた『解錠師』の作者は、私立探偵アレックス・マクナイトのシリーズでおなじみスティーヴ・ハミルトンだが、一部同じミシガンを舞台にしているものの、こちらはノン・シリーズ作…

破壊者/ミネット・ウォルターズ(創元推理文庫)

忘れたころに作品が届けられるミネット・ウォルターズだが、同じ英国の女性作家でも、すっかり翻訳が途絶えたルース・レンデルや、新たな翻訳が望み薄なフランセス・ファイフィールドらに較べれば、まだ良い方かもしれない。四年半ぶりの『破壊者』は、刊行…

フェア・ゲーム/ダグ・リーマン(2010・米唖)

ホワイトハウスを牛耳る大統領の側近たちが、マスコミを通じてひとりのCIAエージェントの身分を世間に晒すというとんでもない愚挙に出た、世にいうプレイム事件。この二十一世紀初頭、実際に起きたスキャンダルに取材したのが、『フェア・ゲーム』である。…

ワンダーランドの悪意/ニコラス・ブレイク(論創社)

昨年、ルイス・キャロルが遺した二つのアリスの物語に大胆な脚色を施したティム・バートンの映画「アリス・イン・ワンダーランド」が話題になったが、ニコラス・ブレイクの『ワンダーランドの悪夢』もやはりキャロルの原典を下敷きにした名作として、昔から広…

スウィッチ/フレデリック・シェンデルフェール(2011・仏)

以前映画も大ヒットした『クリムゾン・リバー』(創元推理文庫)の作者ジャン=クリストフ・グランジェが共同脚本(製作も)に加わった『スウィッチ』は、いかにもフランス・ミステリらしい出だしから始まる。互いの住居交換を支援するサイトを利用して、モン…

希望の記憶/ウィリアム・K・クルーガー(講談社文庫)

ウィリアム・K・クルーガーの『希望の記憶』は、先に刊行されている『闇の記憶』と密接な繋がりを持つ後日談である。前作の尻切れトンボだった結末にもやもやした思いを抱き、本作を待ちわびていた読者も多いに違いない。 保安官の職に返り咲いたものの厄介…

ミッション:8ミニッツ/ダンカン・ジョーンズ監督(2011・米)

SF映画だとは判っていても、「このラスト、映画通ほどダマされる」というあざといコピーを見せられては素通りできないダンカン・ジョーンズの『ミッション:8ミニッツ』。デヴィッド・ボウイの息子という重圧を跳ね返して成功を収めた『月に囚われた男』に続…