歴史・時代

祖国なき男/ジェフリー・ハウスホールド(創元推理文庫)

この作品を出すための伏線だったか、と思い出したのは七年前の「追われる男」のリバイバルだ。ジェフリー・ハウスホールドの『祖国なき男』は、前作から四十三年後に書かれたその続編である。ヒトラーの暗殺に失敗し、母国のイギリスに逃れた主人公の苦難を描…

紫雲の怪/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックが七世紀唐の国に実在したと言われるディー判事をモデルに描くシリーズも、未紹介長編のお蔵出しとしては、この『紫雲の怪』がいよいよ最後になるという。時系列では、「中国迷宮殺人事件」の半年後の物語。西の辺境、蘭坊の…

白夫人の幻/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックのディー判事シリーズを地道に紹介してくれる〈ハヤカワ・ミステリ〉だが、『白夫人の幻』で八冊を数える。今回は、勇壮なボートレースで幕をあける。龍船競争と呼ばれるそのレースは、藩陽の町で端午の節句を祝って催される…

五色の雲/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ポケミスのお陰で、再びロバート・ファン・ヒューリックの評価が、静かに、しかし確実に高まってきているのが嬉しい。『五色の雲』は、ディー判事ものを八篇収めている。 表題作は、ディー判事が公職につき、初めて赴任した先である東海のほとり、平来(ぽん…

紅楼の悪夢/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ここのところ、新訳が出るたびに、本欄で欠かさずに取り上げているロバート・ファン・ヒューリックである。一読者としては、このディー判事シリーズの現在のひどい絶版、品切れ状況はまことに嘆かわしく*1、出来ることなら版元、版型を揃えて、シリーズ一冊…

観月の宴/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

あちこちの出版社から断続的に紹介されてきたヒューリックだけれど、ここのところポケミスが、その紹介の虫食いを埋めるような形で未訳作品を刊行してくれており*1、密かに声援を送っている。今回の『観月の宴』は、先にポケミスに収録された「真珠の首飾り…

雷鳴の夜/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックの「真珠の首飾り」が、突然紹介されたのが、2001年の初め。ずいぶんと懐かしい思いに浸らせてもらったが、やや時間をおいて同じシリーズの『雷鳴の夜』が出た。*1どうやら、ポケミスはディー判事ものをシリーズものとして継…

グラーグ57/トム・ロブ・スミス(新潮文庫)

早くも届けられたトム・ロブ・スミスの第二作『グラーグ57』。国家保安省時代のおとり捜査のエピソードで幕があくが、間もなく「チャイルド44」の後日談であることが明らかになる。忌まわしい事件から三年が過ぎ、主人公のレオはモスクワで殺人課を創設、家…

修道女フィデルマの叡智/ピーター・トレメイン(創元推理文庫)

ピーター・トレメインの〈修道女フィデルマ〉シリーズは、七世紀の古代アイルランドを舞台に、王族の血をひく法律家で美貌の修道女フィデルマの活躍を描く歴史ミステリだが、そのヒロインのクールな佇まいと、彼女の快刀乱麻の如き謎解きがセールスポイント…

荒野のホームズ、西へ行く/スティーヴ・ホッケンスミス(ハヤカワ・ミステリ)

スティーヴ・ホッケンスミスの『荒野のホームズ、西へ行く』は、ウェスタン小説さながらに十九世紀のアメリカ西部を舞台にしたドイル作を本歌取りした異色のシリーズ第二作だが、今回、ホームズとワトスンならぬグスタフとオットーの赤毛の兄弟コンビは、カ…

蛹令嬢の肖像/ヘザー・テレル(集英社文庫)

ナチスの美術品掠奪をテーマに、十七世紀、第二次大戦下、そして現代と三つの時代の物語がロマンチックな絵柄を織り成していくヘザー・テレルの『蛹令嬢の肖像』。「ダ・ヴィンチ・コード」をお手本にしたような既視感はあるものの、読者を飽かさないスピー…

沙蘭の迷路/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

処女作にはその作家のすべてがあるなんて言うけど、それはこういう作品があるからだろう。ロバート・ファン・ヒューリックの『沙蘭の迷路』、ご存知唐代の中国を舞台にしたディー判事シリーズの第一作にあたる。「迷路の殺人」ほかの旧訳旧題でお馴染みだが…

ダブリンで死んだ娘/ベンジャミン・ブラック(ランダムハウス講談社文庫)

英国のブッカー賞といえば、最近もアラヴィンド・アディガの「グローバリズム出づる処の殺人者より」という去年の受賞作を犯罪小説の収穫として紹介したばかりだが、この作家も過去に同賞を受賞している。『ダブリンで死んだ娘』のベンジャミン・ブラックは…

ユダヤ警官同盟/マイケル・シェイボン(新潮文庫)

歴史改変というテーマがある。SFでいうパラレルワールドもののひとつで、ある歴史上の分岐点を境に、そこから史実とは異なる経過をたどっていくイフの世界の物語を指してそう呼ぶわけだが、なぜかその起点となる分け目を二次世界大戦に求める例が多い。日…

「未完のモザイク」ジュリオ・レオーニ(二見文庫)

錬金術や占星術といった中世イタリアのペダントリーをふんだんに盛り込んだジュリオ・レオーニの『未完のモザイク』は、のちに「神曲」を生む若き日のダンテが探偵役として登場する歴史ミステリである。教会の工事現場で奇妙な死体となって見つかったモザイ…

タンゴステップ/ヘニング・マンケル(創元推理文庫)

ヘニング・マンケルは、CWA(英国推理作家協会)賞に輝いた「目くらましの道」を始めとするクルト・ヴァランダー警部でお馴染みだけれども、同じスウェーデンの警察小説ではあるが、『タンゴステップ』は、ノンシリーズの単発作品。北部の国境に近い森林…

チャイルド44/トム・ロブ・スミス(新潮文庫)

おっと、今頃になってご紹介とは。リドリー・スコット監督による映画化も進行中という『チャイルド44』は、イギリスの新鋭トム・ロブ・スミスの処女作だ。しかし、新人とは思えぬ筆力で、ブッカー賞にまでノミネート(ロングリストのみだが)、スターリン治…

極限捜査/オレン・スタインハウアー(文春文庫)

2008年はトム・ロブ・スミスの「チャイルド44」やヘニング・マンケルの「タンゴステップ」など、二次大戦以降のヨーロッパの歴史の暗部に光をあてるような作品が目立ったが、きわめつけはこの作品かもしれない。ヨーロッパ在住のアメリカ作家、オレン・スタ…

掠奪の群れ/ジェイムズ・カルロス・ブレイク(文春文庫)

『掠奪の群れ』は、『無頼の掟』、『荒ぶる血』と、時代小説やウェスタンのカラーを巧みに織り込んだ犯罪小説が立て続けに紹介され、わが国の読者の胸を熱くさせたジェイムズ・カルロス・ブレイク、二年ぶりの帰還である。著者自らが語っているように、登場…

運命の日/デニス・ルヘイン(早川書房)

あざといところのあるミステリだった『シャッター・アイランド』の次は、なるほどこう来ますか。というわけで、どういう事情かは知らぬが、わが国の先行刊行となるらしいデニス・ルヘインの新作『運命の日』は、時代の波に揺り動かされる二十世紀初頭のボス…

変わらぬ哀しみは/ジョージ・P・ペレケーノス(ハヤカワミステリ文庫)

ここのところの不調続き(悪い作品ではないが、「魂の眠れ」や「ドラマ・シティ」はいまひとつの印象だった)で、作家としての曲がり角にさしかかっているのでは、とちょっと心配だったジョージ・P・ペレケーノスだけれど、『変わらぬ哀しみは』は、デレク…

紫雲の怪/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックが唐代の中国を舞台に描く歴史ミステリ、ディー判事シリーズも、七年前からポケミスが新訳でコツコツと刊行してきて、残すところあと僅か。未紹介長編としては最後のひとつ、『紫雲の怪』の登場である。西の辺境蘭坊に赴任し…

ルーズベルト暗殺計画/デイヴィッド・L・ロビンズ(新潮文庫)

「鼠たちの戦争」の作者デイヴィッド・L・ロビンズが、今なおその死に謎が残る第三十二代アメリカ合衆国大統領ルーズベルトをめぐる史実に取材した『ルーズベルト暗殺計画』。二次大戦下、大統領の命を狙って、すご腕の女暗殺者がワシントンに潜入する。そ…

キューバ・リブレ/エルモア・レナード(小学館文庫)

エルモア・レナードの『キューバ・リブレ』は、十九世紀末のスペイン統治下のキューバが舞台。カウボーイのベンは、ニューオーリンズ生れの前科者だ。旧知の牧童頭の手引きで、内戦状態のキューバで一儲けをしようと、数十頭もの馬を引き連れ、かの国へと海…