ダブリンで死んだ娘/ベンジャミン・ブラック(ランダムハウス講談社文庫)

英国のブッカー賞といえば、最近もアラヴィンド・アディガの「グローバリズム出づる処の殺人者より」という去年の受賞作を犯罪小説の収穫として紹介したばかりだが、この作家も過去に同賞を受賞している。『ダブリンで死んだ娘』のベンジャミン・ブラックは、二○○五年「海に帰る日」でブッカー賞に輝いたジョン・バンヴィルの別名義だ。
舞台は、五十年代のダブリン。〈聖家族病院〉に病理医として勤務する主人公のクワークは、安置室で見かけたクリスティーンという女性の死体に不審な思いを抱く。出産直後に死亡したと思われる女性が、よりによって死因を肺血栓として処理されていたのだ。しかも、ほどなく死体は消え失せてしまう。担当だった義兄で産婦人科医のマルを問い質すが、はぐらかす一方で謎は深まるばかり。納得のいかないクワークは、クリスティーンの過去を知る女性をつきとめるが、詳しい話を聞きだす前に、謎の死を遂げてしまう。やがて、身の危険はクワーク自身にも及び始めて。
別名義作品イコール余技的なものという図式は、本作には当てはまらない。主人公の複雑な葛藤や、彼をめぐる係累たちの人間模様を濃やかに描いて、見事に読み応えある小説に仕上げている。仕掛けが平凡とか、探偵役の存在感が希薄とか、ミステリとしての弱点を指摘されれば、それはまさにその通りなのだが、物語としての充実度、面白さはそれを補ってなお余りある。ミステリといえどもやはり小説であることを改めて思い起こさせる作品だ。
[ミステリマガジン2009年7月号]

ダブリンで死んだ娘 (ランダムハウス講談社文庫 フ 10-1)

ダブリンで死んだ娘 (ランダムハウス講談社文庫 フ 10-1)