2011-01-01から1年間の記事一覧

矜持/ディック&フェリックス・フランシス(早川書房)

先に八十九歳で世を去ったディック・フランシスの名がクレジットされるおそらく最後の作品となる本作は、アフガンの戦地で右足を失った陸軍大尉トマス・フォーサイスが、負傷で帰宅休暇を命ぜられるところから始まる。やむなく折り合いの悪い母親のもとに身…

虐待/サンドラ・ラタン(集英社文庫)

作家は成長するものだな、と改めて感心させられたのが、サンドラ・ラタンの『虐待』(集英社文庫)である。カナダのバンクーバー地区を舞台にした警察小説シリーズの第二作にあたる本作は、デビュー作でもあった前作をはるかに凌ぎ、警察小説の新たな可能性…

午前零時のフーガ/レジナルド・ヒル(ハヤカワ・ミステリ)

爆破事件に巻き込まれて入院し、生死の境をさまよった『ダルジールの死』。リハビリのための海辺のクリニックで事件と遭遇する『死は万病を癒す薬』ときて、いよいよわれらがダルジール警視も第一線に完全復帰、と思いきや、日曜を月曜と間違ってしまい、警…

ザ・エッグ〜ロマノフの秘宝を追え〜/ミミ・レダー監督(米独・2009)

製作国のお膝元アメリカなどでは劇場公開されなかったと聞くミミ・レダー監督の『ザ・エッグ〜ロマノフの秘宝を追え〜』だが、実はなかなかの拾い物だ。伝説の大泥棒であるモーガン・フリーマンは、引退前の大仕事としてロマノフ王朝の秘宝に狙いを定め、そ…

フローズン・リバー/コートニー・ハント監督(2008・米)

サンダンス映画祭でグランプリに輝き、タランティーノ絶賛という折り紙が付いた新鋭コートニー・ハント監督の『フローズン・リバー』は、カナダと国境を接するニューヨーク北部の田舎町を舞台に、貧困にあえぎ、子どもを育てる金ほしさから主婦のメリッサ・…

暁に立つ/ロバート・B・パーカー(早川書房)

近年の作者に、私生活や創作姿勢などで大きな変化があったという類の話は聞かないが、ここ数年の〈スペンサー〉シリーズには、ときに目を瞠るものがある。一九三二年生まれだから、生前のロバート・B・パーカーは日本でいう喜寿の年を迎え、人間として作家…

死角 オーバールック/マイクル・コナリー(講談社文庫)

上下巻でなかったり、邦題のつけ方が変わっていたりと、佇まいがいつもと異なるマイクル・コナリーの新作は、そもそも新聞小説という形式で書かれた作品のようだ。ウィークリー紙に合計十六回にわたって連載された事情や舞台裏については訳者あとがきに詳し…

暗闇の蝶/マーティン・ブース(新潮文庫)

都会の喧騒をはなれ、たおやかな時間が流れるイタリア中部の田舎町が舞台。本名はおろか、国籍すらも不明という初老の男がどこからともなくやって来て、この地に根を下ろした。蝶を専門に描く画家ということから、ミスター・バタフライの愛称で親しまれ、人…

白いリボン/ミヒャエル・ハネケ監督(2009・墺仏伊独)

去年ヨーロッパ映画賞で話題をさらい、4部門で受賞は果たしたのが、ドイツの鬼才ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』だが、独特のアクの強さでは右に出るもののないハネケのこの話題作が、わが国でもやっと劇場公開の運びになったのは、実に喜ばしい。その…

荒涼の町/ジム・トンプスン(扶桑社海外文庫)

ここのところの地道な翻訳紹介によって、犯罪小説の巨匠ジム・トンプスンの全貌が明らかになりつつあるのは嬉しいことだ。新訳の『荒涼の町』は、なんと「おれの中の殺し屋」の問題の人物ルー・フォードが、再び読者の前に登場する。 テキサスの田舎町に、前…

深夜のベルボーイ/ジム・トンプスン(扶桑社)

かつてはスティーヴ・マックイン主演の映画の原作として刊行された「ゲッタウェイ」と「内なる殺人者」くらいしか読めなかったジム・トンプスンだが、ここのところぽつりぽつりと翻訳も増え、ようやくこの伝説の作家から幻という謎めいたベールが剥がれつつ…

失われた男/ジム・トンプスン(扶桑社海外文庫)

ジム・トンプスンの「死ぬほどいい女」は、「内なる殺人者」(「おれの中の殺し屋」)とは別の意味でトンプスンという作家の代表作だと思っているが、『失われた男』もそれと同年の一九五四年に上梓されている。 主人公のブラウニーは、アルコールに溺れる日…

遥かなる未踏峰[上下]/ジェフリー・アーチャー(新潮文庫)

ジェフリー・アーチャーの新作『遥かなる未踏峰(上・下)』である。二十世紀の初頭、北極、南極と並んで人類未踏の極地であった世界の最高峰エヴェレスト。その遥かなる頂きを目指したイギリスの国民的な英雄ジョージ・マロリーの生涯を描く物語である。 実…

ショパンの手稿譜/ジェフリー・ディーヴァーほか(ヴィレッジブックス)

昨年来日し、インタビューやファンとの交流イベントなどを通じて日本の読者の間では一段と親しみが増したジェフリー・ディーヴァーの、ちょっとユニークな企画の新作が届けられた。『ショパンの手稿譜』(ヴィレッジブックス)は、そもそも本国のアメリカで…

最後の音楽/イアン・ランキン(ハヤカワ・ミステリ)

イアン・ランキンの『最後の音楽』は、ほぼ二十年という長い歳月にわたって発表されてきたシリーズの最終作だ。定年退職の日を目前にひかえたエジンバラ警察犯罪捜査部のツワモノ警部、ジョン・リーバスの警察官生活最後の十日間を描く作品である。 追われる…

路上の事件/ジョー・ゴアズ(扶桑社文庫)

ジョー・ゴアズといえば、一般には映画にもなった「ハメット」の原作者として、ミステリ・ファンにはDKA(ダン・カーニー探偵事務所)シリーズの作者として馴染みのある作家だけれど、すでに過去の人だと思っている方が多いのではないか。実はわたしもそ…

ナイト&デイ/ジェームズ・マンゴールド監督(2010・米)

いかにも大味なハリウッド映画という佇まいで、何から何までデートムービー風であるがゆえに、『ナイト&デイ』をミステリ映画好きの鑑賞にも堪えうる映画だと言っても、信じてもらえないかもしれない。しかし、監督のジェームズ・マンゴールドは、怪作(し…

ミックマック/ジャン=ピエール・ジュネ監督(2009・仏)

主人公がハワード・ホークスの『三つ数えろ』(ご存知、原作はチャンドラーの『大いなる眠り』)の台詞を丸々暗記している映画。そんなものを作るくらいだから、ジャン=ピエール・ジュネ監督は、相当のミステリ通なのではなかろうか。そういえば、前作はセ…