矜持/ディック&フェリックス・フランシス(早川書房)

先に八十九歳で世を去ったディック・フランシスの名がクレジットされるおそらく最後の作品となる本作は、アフガンの戦地で右足を失った陸軍大尉トマス・フォーサイスが、負傷で帰宅休暇を命ぜられるところから始まる。やむなく折り合いの悪い母親のもとに身を寄せた彼は、競馬の調教師として厩舎を営む母が、投資の失敗から脱税をすることになり、その件で脅迫を受けていることを知る。母を問いただすと、ここのところ所属の馬が期待を裏切るレースをしていたのも、脅迫者の要求に従った結果だったことがわかる。犯人探しに乗り出すトマスだったが、脅迫者の悪意は、今度は彼へと向けられることに。
犯人の手に落ち、絶望的な状況に立たされながら、知恵と身体能力を駆使しての手に汗にぎる脱出行や、そこから攻撃へと転じていく胸のすく展開は、さすが競馬シリーズ。常に一言多い主人公の一人称に漂うユーモア感覚にも独特の味がある。肉体にハンディキャップを負った主人公が、逆境を乗り越え、肉親との確執を克服していく主人公の再生の物語として、堂々たる出来映えと言っていいだろう。息子フェリックス名義で継続されるに違いないシリーズの今後にも、期待が膨らむ。
[ミステリマガジン2011年4月号]

矜持 (競馬シリーズ)

矜持 (競馬シリーズ)