暗闇の蝶/マーティン・ブース(新潮文庫)

都会の喧騒をはなれ、たおやかな時間が流れるイタリア中部の田舎町が舞台。本名はおろか、国籍すらも不明という初老の男がどこからともなくやって来て、この地に根を下ろした。蝶を専門に描く画家ということから、ミスター・バタフライの愛称で親しまれ、人々からの信頼も集めていた。マーティン・ブースの『暗闇の蝶』の主人公は、そんなミステリアスな紳士である。
しかし男の平和な日々は、間もなく終わりを告げようとしていた。封印した筈の過去が、ひたひたと彼の背後に迫っていたのだ。平穏な日常から、俄かにのぞく荒々しい世界に息を呑むことしばし。一枚ずつベールが剥がれるように明らかにされていくひとりのプロフェッショナルの物語には、ほろ苦い感動を禁じえない。ジョージ・クルーニー主演の映画も日本公開が待たれる異色作だ。
[波2011年2月号]
※本作は、1995年7月に文藝春秋からハードカバーで刊行された『影なき紳士』の改題・新訳版にあたります。

暗闇の蝶 (新潮文庫)

暗闇の蝶 (新潮文庫)