暁に立つ/ロバート・B・パーカー(早川書房)

近年の作者に、私生活や創作姿勢などで大きな変化があったという類の話は聞かないが、ここ数年の〈スペンサー〉シリーズには、ときに目を瞠るものがある。一九三二年生まれだから、生前のロバート・B・パーカーは日本でいう喜寿の年を迎え、人間として作家として円熟の時期を迎えていたのかもしれない。日本の読者に残されたスペンサーものはあと一作だが、こちらはひと足お先に幕となる〈ジェッシイ・ストーン〉シリーズの最終作『暁に立つ』である。
新興宗教に入信した娘を連れ戻してほしい、という両親からの依頼を受けた私立探偵のサニー・ランドルは、教団のあるパラダイスの町を訪れ、ジェツシイの警察署に立ち寄った。彼はサニーに協力を約束するが、時を同じくして起きたふたりのギャングをめぐる連続殺人事件に、自らも忙殺されることになる。歩調を合わせるかのように厄介な事件に取り組むふたりだったが、しかし心の内にはともに私生活にまつわる大きなジレンマを抱えていた。
作者が意識していたかどうかは不明だが、シリーズの最終章らしく、縁浅からぬジェツシイとサニーの辿る葛藤の過程が克明に描かれていく。そんな中で面白いのは、ジェツシイが捜査するギャングの事件で、その核心部分に関わる美貌の姉妹とギャングたち二組の夫婦の関係に図らずもジェツシイは眩惑されてしまう。精神科医のスーザンとカウンセラーのディックスによる導きもあって、ジェツシイとサニーの関係は本作で一応の決着を見るわけだが、シリーズの九作を追いかけてきた読者としては、ふたりの物語はここから始まるという気もする。本作を読んでも、やはり作者の死は惜しまれてならない。
[ミステリマガジン2011年3月号]

暁に立つ (ハヤカワ・ノヴェルズ)

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