ぼくを忘れたスパイ/キース・トムスン(新潮文庫)

フリーマントル、ラドラム、クィネルといった国際謀略小説の巨匠らの名作を数多く紹介してきた新潮文庫だが、今回新たに仲間入りしたキース・トムスンの『ぼくを忘れたスパイ(上・下)』は、これまでのスパイものの常識を破る風変わりな作品だ。主人公のチャーリーは、借金で首がまわらない競馬狂いの男だが、ソーシャルワーカーからの連絡で、認知症を患う老父のドラモンドを放っておけないことを知る。しかしその時から、父子は何者かに追われる身となってしまう。
窮地に立たされる度なぜか正気にかえり、危機的状況を切り抜けていくドラモンドを見て、父親が凄腕のエージェントだったことを知る主人公だが、自らも試練を経ることによって父親譲りの才能に目覚めていく展開が実に痛快。ユーモアを漂わせつつも、現実と紙一重のスリルがあって、スパイ小説の現在形と呼ぶに相応しい仕上がりの一作だ。
[波2010年10月号]

ぼくを忘れたスパイ〈上〉 (新潮文庫)

ぼくを忘れたスパイ〈上〉 (新潮文庫)

ぼくを忘れたスパイ〈下〉 (新潮文庫)

ぼくを忘れたスパイ〈下〉 (新潮文庫)