犬の力/ドン・ウィンズロウ(角川文庫)

冬の時代と言われる翻訳ミステリ界だけど、今年は近年にない豊作で、この秋も読みたい新刊に事欠かない幸せな日々だ。これも、本が売れないという、出版社にとっては究極の逆境の中にあって、日夜奮闘している編集者諸氏のお陰と、まずは今月もそっと手を合わせる。
さて、そんな中でも初秋の話題作というと、なんといってもドン・ウィンズロウの『犬の力[上下]』だろう。「砂漠で溺れるわけにはいかない」から3年ぶり。ウィンズロウ+東江師匠のコンビからは、これまでも度々お預けを喰らったけど、遅れて届いた作品には、毎回それに見合うカタルシスがあった。それは、今回も同じ。
アメリカ合衆国政府と中南米の麻薬カルテルの三十年間にわたる血で血を洗う暗闘が、司法省麻薬取締局の捜査員、カルテルの首領、アイルランド系の殺し屋という三人の登場人物たちの辿る波乱の人生を通して語られていく。悪と正義の境目さえ混沌としてくる熾烈な麻薬戦争の実態を背景に、国家の謀略はいうまでもなく、血の絆をめぐる葛藤の物語や友情と裏切り、そしてロマンスまでも織り込んだ一大絵巻は、骨太で濃密。軽く一○○○ページを超える長丁場だが、怒涛の読み応えで一気読み必至の面白さだ。嗚呼、ウィンズロウがもっと読みたい。
本の雑誌2009年11月号]