硝子の暗殺者/ジョー・ゴアズ(扶桑社海外文庫)

贔屓の作家の訃報に接する寂しさは、喩えようのないものだが、そんな読者の気持ちを少しでも癒してくれるものがあるとすれば、それは遺された作品だろう。本年一月に惜しまれて世を去ったジョー・ゴアズの『硝子の暗殺者』もそんな一冊だ。
ケニアの自然保護公園でサファリキャンプの監視員としての日々を送るソーンには、実はCIAの凄腕スナイパーという秘密の過去があった。あるときFBIの陰謀で密猟者の濡れ衣を着せられた彼は、就任間もない合衆国大統領の暗殺計画阻止に力を貸すよう圧力をかけられ、帰国を余儀なくされる。大統領を狙う狙撃者コーウィンは、ソーンと似た過去を背負う元軍人で、彼の襲撃計画を察知するのが任務だった。胡散臭い大統領の側近たちに足を引っ張られながらも、ソーンはモンタナ州の山岳地帯に狙撃地点を突き止める。しかし彼の行動よりも一瞬早く、コーウィンの構えるライフルの引き金は引かれてしまう。
映画「ハメット」の原作や先の『スペード&アーチャー探偵事務所』など、偉大なる先達ハメットに情熱を傾け続けたゴアズだが、ハードボイルドの精神に傾倒しながらも、必ずしも求道的に突き進むばかりのカタブツではなかったことを、数年前に紹介された『路上の事件』で知った。本作は、さらにその延長線上にある作品で、プロファイリングにも似た手法で暗殺計画を暴くアイデアが面白いし、権力に翻弄されながらも、自らの生き方を貫こうとするふたりのスナイパーを対比して描き、読者の共感を誘う。悪役の描き方をカリカチュアライズするなど自らも楽しみつつ、ストーリーテラーの才を遺憾なく発揮する作家ゴアズの円熟が伺える作品だ。
[ミステリマガジン2011年8月号]

硝子の暗殺者 (扶桑社ミステリー)

硝子の暗殺者 (扶桑社ミステリー)