エージェント6/トム・ロブ・スミス(新潮文庫)

レオ・デミドフをめぐる三部作のテーマは二つある。その一つは正義の問題だ。忠誠を捧げる自国ソビエト連邦から手ひどい仕打ちを受けた主人公が、善と悪をめぐる国家の欺瞞に気づき、思いを新たに取組んだ迷宮入り寸前の連続殺人を解決へと導いていくのが第一作の『チャイルド44』だった。
続く『グラーグ57』は、妻ライーサとの関係を修復したものの、今度は思いもかけない相手からレオは復讐の標的とされてしまう。過去を贖うために迎えた養女を誘拐で奪われた彼は、家族の絆を取り戻すため動乱のさ中にあるハンガリーへと向かう。このように第二作は、もうひとつのテーマである家族の絆を正面から見据えた物語でもあった。
そうして迎えた掉尾を飾る本作だが、レオとその一家の物語は、誰も予想しなかった形でピリオドが打たれる。教育の分野で名を成したライーサは、養女たちを伴い使節団としてニューヨークを訪れる。しかし過去の因縁が、またも悲劇を招いてしまうことに。
家族を救うために人は何ができるか? この作品の行間から浮かび上がってくるのは、自らに対するそんな真摯な問いかけだ。家族を愛し、正義を貫き通そうとする主人公の生き方が、スリリングな展開の中、克明に描かれていく。やはり『チャイルド44』は、物語のプロローグに過ぎなかった。トム・ロブ・スミスの描く愛と正義の物語は、ここに真のクライマックスを迎えるのである。

エージェント6(シックス)〈上〉 (新潮文庫)

エージェント6(シックス)〈上〉 (新潮文庫)

エージェント6(シックス)〈下〉 (新潮文庫)

エージェント6(シックス)〈下〉 (新潮文庫)