ダーク・レディ/リチャード・ノース・パタースン(新潮文庫)

リーガル・フィクションの分野で、人間ドラマを重視したり、思索的だったりする作風を、わたくし的には勝手に「人生派」と呼ぶことにしているが、その人生派の代表格ともいうべきリチャード・ノース・パタースンの新作は、なんとリーガル・フィクションではなかった。先の「サイレント・ゲーム」でやり手の検察官役を演じたステラ・マーズが主役であるにも拘わらず、である。
アメリカ中西部の大都市スティールトンでは、おりしも市長の座をめぐって現職のクラジェクとその座を狙う郡検事のブライトが、選挙戦でしのぎを削っていた。そのさ中に、麻薬犯罪を専門に扱う弁護士が、娼婦とともに変死するという事件が発生する。ブライトの指示で事件を担当することになった検事補のステラだったが、死体となって発見されたノヴァクは、かつて彼女の恋人だった男だった。  
町起こしの事業として進められている野球のスタジアム建設、そして激しい選挙選。物語は、それらを背景に、自身の問題として事件の核心へと迫っていかざるをえない主人公の苦悩の捜査を描いていく。そういう意味で、この『ダーク・レディ』でも、パタースンは人生派の面目躍如たる小説世界を構築している。全体を包みこむ暗いトーンのためか、ここ数作で目立った煌きがやや霞んだ印象があるが、登場人物たちの分厚い造形もあって、物語の密度は高い。真の主役ともいうべきスティールトンという都市の繁栄と衰退の物語として読んでも興味深い。
[ミステリマガジン2004年11月号]

ダーク・レディ〈上〉 (新潮文庫)

ダーク・レディ〈上〉 (新潮文庫)

ダーク・レディ〈下〉 (新潮文庫)

ダーク・レディ〈下〉 (新潮文庫)