ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ[上下]/オレン・スタインハウアー(ハヤカワ文庫)

すでに翻訳紹介された作品で、その実力を証明済みのオレン・スタインハウアーだが、東欧の架空の国を舞台に二十世紀の冷戦の時代を描いた連作に区切りをつけた作者が、今度は二十一世紀の世界情勢を踏まえて世に問うた作品が、『ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ』である。ツーリストとは、冷戦終結後の世界に向けてCIAが送りだしたスパイの精鋭たちのことで、彼らには特定の呼び名もなければ、お互いをまったく知らない。ただ淡々と情報を収集し、本部の指示に従い、作戦に従事していくだけなのだが。
主人公は、そのツーリストの仕事をすでにリタイアしたミロという男だ。彼は妻子とともに平和に暮らしていたが、かつて行動を共にし、信頼を寄せる元同僚のアンジェラが機密漏洩の疑いをかけられことから、その調査のためにフランスへと派遣されることになった。現地の若手ツーリストと組んでアンジェラを見張るが、彼らの鼻先で彼女は殺されてしまう。捨て身の作戦で、フランス情報部の職員と接触をはかったミロは手がかりを得ようとするが、帰国するや、殺人の容疑者として国土安全保障省から追われる身となってしまう。
冷戦終結後というよりは、9・11以降の世界秩序の混乱を背景に、往年のスパイスリラーの興奮を鮮やかに甦らせる作品だ。緻密に紡がれたストーリーはル・カレの最上の作品を思わせる複雑さだが、読み心地は実に軽快。それでいて、家族愛のテーマと情報戦の混沌と空しさを同時に浮かび上がらせるのだから、見事な小説作法といっていいだろう。ジョージ・クルーニーが主演だという映画化も待ち遠しい。
[ミステリマガジン2010年11月号]

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (上) (ハヤカワ文庫NV)

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (上) (ハヤカワ文庫NV)

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (下) (ハヤカワ文庫NV)

ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (下) (ハヤカワ文庫NV)