フェアウェル さらば,哀しみのスパイ/クリスチャン・カリオン監督(2009・仏)

不勉強なことに、旧ソ連ペレストロイカ、さらには冷戦終結のマルタ会談へと向わせる大きなきかっけとなった事件のことを、この映画を観るまでわたしは知らなかった。フランス映画の『フェアウェル さらば,哀しみのスパイ』である。八十年代前半のブレジネフ政権下、民間人を介して重要な国家機密をフランスの諜報機関へ洩らしていた高官がKGBにいた。その内容は、ソ連が自国の経済力では実現できない軍事、科学分野での最新技術を諜報活動によって西側から盗み出していたという事を暴くもので、すなわちそれは共産主義体制を根底から否定するに等しいものだったという。
詩を口ずさみ、家族を愛してやまないKGB大佐役はエミール・クストリッツァで、故国の未来を憂いつつも、息子との関係や愛人問題に頭を悩ませる主人公を人間臭く演じてみせる。仲介役の気弱な民間人ギヨーム・カネとの関係は、最初こそぎくしゃくしているが、やがて友情のようなものを互いに抱くにいたる。クリスチャン・カリオン監督は、そのあたりをそれぞれの家族関係とともに、実に濃やかに描いている。各国首脳たちのそっくりさん(似てない人物もあり)が登場するのはさすがに白けるが、ギヨーム・カネが妻子を伴って国境を越えようとする終盤の手に汗握る展開は実にスリリング。冷戦構造を背景に個人の悲劇を描くという手法は定石どおりのものだが、人間性豊かな主人公像が、本作を心にしみるものにしている。
日本推理作家協会報2010年11月号]
》》》公式サイト