夜の冒険/エドワード・D・ホック(創元推理文庫)

怪盗ニック・ベルベットや医師のサム・ホーソーンなど、日本独自に彼らの事件簿がまとめられるほどエドワード・D・ホックのシリーズものは人気を誇ってきたが、短篇のマエストロとしての仕事は、それらの作品集に限ったわけではない。以前刊行されたノンシリーズ作品ばかりを集めた『夜はわが友』(フランシス・M・ネヴィンズ・ジュニア編)はそのいい例だが、姉妹篇ともいうべき『夜の冒険』が、〈現代短篇の名手たち〉の8巻目として刊行された。
 表題作は、特ダネを求めて夜の街に出かけた新米の新聞記者が味わうことになる苦く悲痛な経験の物語で、幕が降りたあとの余韻が素晴らしく印象的な一品だ。一方、冒頭に置かれた「フレミング警部最後の事件」をはじめとして、「やめられないこと」、「空っぽの動物園」、「大物中の大物」など、ホックの本領とも言うべき切れ味鋭く読者の足もとをすくうアイデア・ストーリーも多数収録されており、この作品集の中核をなしている。また、奇妙な味わいの「正義の裁き」や静謐な雰囲気をたたえた「静かな鐘の鳴る谷」、ノワール色もある「二度目のチャンス」や「ガラガラ蛇の男」もあって、質の高さとともにその芸域の広さに改めて驚かされる読者も多いに違いない。
そんな中からお気に入りを選ぶならば、大人のユーモアともいうべき「私が知らない女」、ホラーでブラックな「家族の墓」、絶妙のラストが待ち受ける「知恵の値」の三作に、わたしはニヤリ。すべての収録作が初紹介か新訳というのも嬉しい。短編作家ホックの本領をいやというほど味わえる、しめて二十篇の自選傑作集だ。
[ミステリマガジン2010年4月号]