絵画鑑定家/マルティン・ズーター(ランダムハウス講談社文庫)

英語圏からの優れたミステリの紹介が続いているが、ドイツのフィツェックやスウェーデンのラーソンらと並んで話題になるであろうマルティン・ズーターは、スイスからの登場だ。英国推理作家協会のダンカン・ローリー・インターナショナル・ダガー(最優秀翻訳ミステリ)賞にノミネートされたこともある実力の持ち主で、翻訳紹介は今回が初めてではないが、三度目の正直となるこの『絵画鑑定家』で脚光を浴びるのは間違いのないところだろう。
名門家の末裔アドリアンは、食うに困らぬ大富豪だが、美術品に目が利くことから絵画の鑑定を仕事にしている。亡き妻によく似たモデルのロレーナと出会い、小悪魔的な魅力の虜となった彼は、彼女への思いをつのらせていくばかり。そんな折、金策に困った収集家から、時価一六○万フラン以上と言われるヴァロットンの絵画の売却を依頼される。トラブルメイカーのロレーナに手を焼きながらも、競売の準備を着々と進めるアドリアンだったが、取り引きには思わぬ罠が仕組まれていた。
絵画鑑定をめぐって、騙し騙されの駆け引きをサスペンスフルに描くスリラーだが、血なまぐささとはほとんど無縁。鷹揚かつ太っ腹で、金持ち喧嘩せずを地で行くような独身男を主人公に、ときに洒落たフランス映画を思わせるエスプリをのぞかせたりもするユーモア小説として抜群の面白さがある。若さに似合わず旧弊なところのあるアドリアンの浮世離れしたキャラクターがとにかく最高で、周囲につけこまれてばかりいた彼が、一転して窮地から打って出る展開には、思わず拍手を送りたくなる。
[ミステリマガジン2010年4月号]

絵画鑑定家 (ランダムハウス講談社文庫)

絵画鑑定家 (ランダムハウス講談社文庫)