骨まで盗んで/ドナルド・E・ウェストレイク(ハヤカワ文庫)

その昔、ピーター・イエーツが映画化した「ホット・ロック」が印象に残っているせいか、わたしの頭の中では、いつも主人公役をロバート・レッドフォードが演じているドナルド・E・ウェストレイクのドートマンダー・シリーズ。この泣く子も黙るクライム・コメディの名シリーズが、いまだ未紹介の作品が残されているっていうんだから、本当に不思議だ。
しかし、そのミッシングリンクも、東ヨーロッパの小国の命運をかけて、人知れず伝わる伝説の証といわれる聖女の骨をライバル国の大使館から盗み出してほしい、という珍妙な依頼が舞い込む『骨まで盗んで』が紹介されたことで、またひとつその穴がうめられた。盗みに関しては不可能なしという才能の持ち主なのに、毎回なぜかとんでもない悲運に見舞われるという定石は、今回も健在。イーストリバーに浮かぶ敵地を急襲したまではよかったが、作戦は失敗し、こともあろう、ドートマンダーは哀れ囚われの身となってしまう。
お馴染みの面々が顔を揃え、お約束のパターンまである。それでいて、シリーズがマンネリに陥らないのだから、ウェストレイクの才能、恐るべしというほかない。作戦が失敗に帰すや、たちまちのうちにドートマンダーは一味を率いての大胆不敵かつ胸のすくような復警戦にいどむ。その意表をついた展開は、まさに抱腹絶倒の面白さ。文句なしに、今月のいちおしと言っておこう。いつのまにか姿を消したミステリアス・プレス文庫から、古巣のハヤカワ・ミステリ文庫へ戻ってのリリース。
本の雑誌2002年9月号]

骨まで盗んで (ハヤカワ・ミステリ文庫)

骨まで盗んで (ハヤカワ・ミステリ文庫)