審判/ディック・フランシス、フェリックス・フランシス(早川書房)

二○○六年の「再起」で作家として文字通りカムバックを果たしたというシナリオなのだろうけれど、どう考えても手綱を握っているのは息子のフェリックスなのだから、もうそろそろ父親ディックの方の名義は引っ込めてもいいのでは、と思ってしまう競馬シリーズ。以降の二作はどちらも仲々の出来映えで、お父さんの時代からの読者をも唸らせたが、最新作の『審判』も、やはり期待を裏切らない。
休日にはアマチュアのレースで愛馬に騎乗することを生き甲斐としている法廷弁護士のジェフリイ。チャンピオン・ジョッキーが同僚を殺した容疑で逮捕され、弁護側スタッフのひとりとして法廷に立つことになったが、そんな彼に裁判で負けろと恐喝する謎の人物が現われた。彼を逆恨みする過去の依頼人が出没し、さまざまな形で身辺が脅かされるが、事件に深入りするにつれ、ジェフリイは被告の無罪を確信していく。
事件が主人公を絡め取っていくような幕開きからの展開、妻を失った傷を癒しきれない主人公に訪れる突然のロマンスなど、息子フェリックスにも往年の父親に匹敵するストーリーテラーの才があるのは間違いない。騎手と法廷弁護士という併せもつ主人公の二つの生き方が、互いに共鳴しあうかのように活き活きと繰り広げられていく中盤の読み応えが、さらにそれを雄弁に物語っている。ちょっとストレート過ぎるかなという主人公を脅かす敵も、なるほど彼がクライマックスで下すあの決断への伏線だったかと、感心させられた。
本の雑誌2009年3月号]

審判 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

審判 (ハヤカワ・ノヴェルズ)