千の嘘/ローラ・ウィルソン(創元推理文庫)

先に紹介されたアン・グリーヴスの『大鴉の啼く冬』は、極寒のシェトランド島という舞台の新鮮さとも相俟って好評だったようだが、ローラ・ウィルソンの『千の嘘』は同作と二○○六年のCWA最優秀長編賞を争って、惜しくも破れた作品。しかし、英ミステリの伝統を現代に継承する作品としては、受賞作に少しも見劣りしない。
ライター稼業で生計を立てるエイミーは、母の遺品から一冊の古い日記帳を見つけた。母方の親戚にあたるモーという女性の持ち物であることが判るが、主人公はそこに綴られた一見平凡で穏やかな日常の記録の中に、家庭内暴力の不穏な臭いを嗅ぎ取り、持ち主を訪ねる決心をする。案の定、家族に暴力をふるっていた父親は、長女シーラの手で殺されていた。しかし公判も終わり、平穏な生活を送っている筈のセーラは、エイミーの訪問に過剰な反応を示す。同時に、近所の森の中で白骨化した死体が見つかり、過去の悲劇を揺り動かすことに。
悲惨なドメスティック・バイオレンスを主題にしながら、その陰湿なイメージを中和するユーモラスな語り口が素晴らしいと思う。ミステリとしては、早々に中盤あたりで見晴らしがよくなってしまう点に不満もあるが、隣人をも巻き込んで、過去の醜聞が掘り起こされていく展開が面白く、読者を飽かさない。主人公の父娘をめぐる葛藤とすれ違いのドラマも、定石どおりながら、心を暖かくしてくれる。
[ミステリマガジン2008年10月号]

千の嘘 (創元推理文庫)

千の嘘 (創元推理文庫)