幻影の書/ポール・オースター(新潮文庫)

新刊ではありませんが、とお断りしたうえで、大好きな作品がやっと文庫に入ったので、紹介させてもらおう。ポール・オースターと映画の世界は切っても切れない関係にあるが、その結びつきの強さでは『幻影の書』という作品が一番だろう。妻子を飛行機事故で亡くし、失意の底にある大学教授は、サイレント時代に一瞬の煌きを残し流れ星のように消えたコメディアンのことを知り、学究の世界に引き戻された。やがて評論書を上梓した彼のもとに一通の手紙が届く。差出人は、遥か昔に消息不明となったコメディアンの妻だった。
家族を失った男の再生の物語だが、映画尽くしの趣向に加え、そこにはミステリ、恋愛小説、家族小説の要素がぎっしりと詰め込まれている。オムニバスよろしくちりばめられたエピソード群の輝きは、まるで宝石箱のようだ。すべての本好き、映画好きに捧げられた作品といっても過言じゃないだろう。
[波2011年10月号]

幻影の書 (新潮文庫)

幻影の書 (新潮文庫)