ミケランジェロの暗号/ウォルフガング・ムルンベルガー監督(2010・墺)

ナチスホロコーストを描く映画がどこか一様なのは、人類の背負うその歴史の重さからくるものだと思うが、ややもするとその息苦しさから逃れたくなる時がある。そんな観客にとって、やられる一方じゃないユダヤ人やパルチザンらを描いたタランティーノの『イングロリアス・バスターズ』には諸手をあげたくなったが、オーストリアから登場したウォルフガング・ムルンベルガー監督の『ミケランジェロの暗号』もまた喝采を叫ばせてくれる作品だ。
 ウィーンで暮らすユダヤ人の画商一家の息子モーリッツ・ブライプトロイは、ある時、父親の所有するミケランジェロの素描画の隠し場所を使用人の子どもで親友のゲオルク・フリードリヒに洩らしてしまい、ナチスの親衛隊志望だったゲオルクの裏切りで、モーリッツ一家は収容所送りにされ、素描画も没収されてしまう。それから数年が過ぎ、主人公の前に現れたゲオルクは、ミケランジェロの絵は実は贋作だったと告げた。一計を案じた主人公は、真作はスイスの銀行に預けてあると嘘をつく。しかし、ふたりを乗せたベルリンへの向かう飛行機はポーランド上空で銃撃を受け、墜落してしまう。
 全編を流れ終始途切れることのない、人生を肯定するかのようなオプティミズムがいい。父親は収容所で死に、財産ばかりか恋人までも奪われてしまった境遇は悲惨としかいいようのないが、しかしそんな逆境の中にあっても、主人公は人間としての生気とユーモアを失わないのだ。お話の方は、シェイクスピアよろしく入れ替わり劇を巧みに取り入れているあたりも見事で、打たれ強い主人公、憎めないナチスの織り成すドラマが心地よい。さほど意外性があるわけではないが、終盤におけるナチスを向こうにまわしての駆け引きもスリリングだ。希望を捨てない者には再び希望がもたらされるという作り手のメッセージが静かに伝わってくる余韻がまたいい。
日本推理作家協会報2011年11月号]
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