[〈映画〉]最後の賭け/クロード・シャブロル監督(1997・仏)
フランス映画にもヌーベルバーグにも疎いわたしが、にわかにクロード・シャブロル贔屓を気取りたくなったのは、昨年の東京映画祭で観た遺作『刑事ベラミー』の素晴らしさに舌を巻いたからだ、というのは確か前にも書きましたっけ。GWのイメージ・フォーラムを賑わせた〈クロード・シャブロル未公開傑作選〉は、そんな俄か仕込みのシャブロル・ファンにとって、願ってもないプレゼントとなった。今回上映されたのは、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(1995)と『石の微笑』(2004)というレンデル原作の二本に挟まれるように並ぶ三作で、いずれも晩年のシャブロルの円熟を窺わせる作品だ。
ナタリー・バイとメラニー・ドゥテーという二輪の名花が魅力を競い、政治とブルジョワジーの腐敗をめぐる物語がサスペンスフルに展開する『悪の華』も、監督自身が深いリスペクトを捧げるシャーロット・アームストロング原作の『甘い罠』(「見えない蜘蛛の巣」を映画化)も、いかにもシャブロルらしさを漂わせた風変わりなミステリ映画に仕上がっているが、どれか一本をとなると、個人的には老いた詐欺師と相棒の美女のコンビをミシェル・セローとイザベル・ユペールが演じる『最後の賭け』を選びたい。コンゲーム小説の面白さもあることから、てっきり原作があるに違いないと思いきや、シャブロル自身のオリジナル脚本というのにも驚かされた。先に翻訳紹介されたインタビュー集『不完全さの醍醐味』をひもとくと判るように、この映画作家のミステリ愛は、やはり半端じゃない。
思わずニヤリとしたくなるのは、詐欺師のカップルの関係が曖昧にぼかされていることで、歳の差がある夫婦のようにも見えれば、親子や叔父と姪にも見える。描かれる詐欺事件の顛末だけでなく、このふたりのちょっと謎めいた結びつきに、観客を引き込む巧妙さが隠されている。スイスで開かれる歯科学会でカモを見つけるつもりが、思いもかけない事態に巻き込まれていく展開も面白く、さらに最後はちょっと粋なクライマックスが待ち受けている。シャブロル作品でヒロイン役の多いイザベル・ユペールが憎めない悪女役を好演、南フランスを皮切りに、アルプス、カリブ海へと舞台が豪華に切り替わっていくあたりも実に楽しい。後期シャブロルの代表作のひとつだろう。
日本推理作家協会報2011年7月号]
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《本国版『最後の賭け』予告編》