夜の真義を/マイケル・コックス(文藝春秋)

ページをめくりながらこれが本当に二十一世紀に書かれた小説かとわが目を疑いたくなるような一冊である。(原著の発表年は二○○六年)本作とさらに続編をのこし、惜しまれて世を去ったマイケル・コックスのデビュー作『夜の真義を』は、十九世紀のイギリスを舞台に繰り広げられる絢爛たる復讐絵巻である。
本作は、主人公でもあるグラプソンという男の手記を、ケンブリッジ大学の教授が編注を付しながら編纂した書物という形式がとられている。冬も近い霧深いロンドンで、縁もゆかりもない人物を手にかけた殺人者の告白で物語は幕をあける。彼はなぜ罪のない男を殺害したのか? 主人公をめぐる数奇な過去についての述懐が始まる。母ひとり子ひとりの幼年時代を過ごした彼は、その聡明さを認められ、名門校イートンへの入学を果たした。しかし、予期せぬ陥穽が彼を待ち受けていた。身に覚えのない盗難事件の犯人を疑われ、将来への道を断たれてしまったのだ。やがて母親の遺品の中に思いがけない発見をした主人公の中で、ある計画が形を成していく。
ライバルは、サラ・ウォーターズの『荊の城』か。ディケンズを連想させる豊穣な物語文学の世界が繰り広げられていくが、主人公の暗い内面性が通奏低音として流れているところに特徴がある。古典文学や十九世紀の風俗に拘ったペダントリーも魅力だが、冒頭に述べられた事件が、一旦時間を遡って、再びゼロ時間へと迫っていくスリルたっぷりの展開に、やがてその注釈すらが煩わしく思えてくる。枝葉を広げるたわわなロマンチシズムの前に読者はひれ伏すのみ。まさに徹夜必至の一冊だ。
[ミステリマガジン2011年4月号]

夜の真義を

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