黒き水のうねり/アッティカ・ロック(ハヤカワ文庫)

「ブラックパワー」という言葉も、ずいぶんと古めかしい響きになってしまったが、昨年のエドガー賞で新人賞の候補にもあがった女性作家アッティカ・ロックの『黒き水のうねり』では、この言葉が人種差別の撤廃を求め、結集を呼びかける急進派黒人たちのスローガンであった時代が描かれる。
 一九八一年テキサス。妻の誕生日にナイトクルーズと洒落こんだ黒人弁護士のジェイは、女の悲鳴と銃声を聞きつけたことから、厄介ごとに巻き込まれてしまう。溺れかけた女性を助け、警察署の前に送り届けたまではよかったが、何も語ろうとしない彼女を放置したまま、彼は立ち去ってしまった。学生時代に公民権運動の闘士だったジェイは、不当な逮捕で起訴された苦い過去があり、公権力をいまだ信じられないでいたのだ。しかし一夜明けて、前日の現場近くで男の射殺死体が発見されたことに動揺する彼の態度を不信に思う妻との間に摩擦が生じ始める。さらには、フォードに乗った男がジェイをつけ狙い始める。
 現在と並行して語られる公民権運動に熱をあげる若かりし日の主人公の過去の物語には、青春小説の香気があるが、人種差別問題をめぐるアメリカの社会状況の変遷から浮び上がってくるのは、差別意識を改めることができない頑迷な世の有りようである。若い読者は、訳者あとがきに詳しい時代背景を頭に入れて読むことをお奨めするが、真摯にテーマへ向かうあまり、物語のバランスを欠いている一面もある。その点でミステリとしてはやや物足りないが、主人公の成長の物語を鮮明に打ち出して、重苦しさを感じさせない読み応えは、新人としては大いに評価すべきだと思う。
ミステリ・マガジン2011年4月号]

黒き水のうねり (ハヤカワ・ミステリ文庫)

黒き水のうねり (ハヤカワ・ミステリ文庫)