邪悪/ステファニー・ピントフ(ハヤカワミステリ文庫)

MWAが出版社のセント・マーティンズと共催した「ミナトーブックス・ミステリコンテスト」で第一席に選出されるや、その勢いでエドガー賞の最優秀新人賞にも輝いてしまったのが、ステファニー・ピントフの『邪悪』だ。一九○五年のニューヨーク近郊のドブソンという小さな町を舞台にした時代ミステリである。
汽船の事故で妻を亡くしたショックから、サイモン・ジールはニューヨーク市警を辞し、平和なドブソンの町でふたたび刑事の職を得た。しかし、そんな彼を待ち受けていたかのように、若い女性の惨殺死体が見つかる。現場に駆けつけたジールだったが、有力な手がかりは残されておらず、迷宮入りが危惧された。そんな折、シンクレアと名乗る犯罪学の博士から連絡が入る。彼が言うには、事件の犯人は研究のために観察中のフロムリーという人物に違いないという。ジールは、シンクレア博士との連携をはかりつつ、慎重に捜査を進めるが。
若干の史実変更はあるようだが、二十世紀初頭のニューヨークの雰囲気がたちこめている。連れのいない女性はレストランで食事をできないなどの風俗は言うに及ばず、近代犯罪捜査の黎明期という時代設定をたくみに活かしている。意図したものかは不明だが、信頼関係と猜疑心が相半ばするジール刑事とシンクレア博士のチームワークの不安定さが緊張感を生んでいるあたりも面白い。エピグラフドストエフスキーを掲げるなど、主題への拘りも半端ではなく、本作のタイトル二文字が浮かび上がる幕切れは深い印象を読者に刻みつける。
[ミステリマガジン2011年4月号]

邪悪 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

邪悪 (ハヤカワ・ミステリ文庫)