シルビアのいる街で/ホセ・ルイス・ゲリン(2007・西仏合作)

スペインの監督ホセ・ルイス・ゲリンの『シルビアのいる街で』もミステリ映画という物差しではかるなら、やはり厳しいものがあるといわざるをえないだろう。画家志望の青年グザヴィエ・ラフィットが、6年前に一度会った役者志望の女性を探し回るだけの物語で、その中にいわゆるミステリ的な要素はほとんどない。しかし、先の『噂のモーガン夫妻』を貶めるようで申し訳ないのだけれど、この『シルビアのいる街で』には、どこかミステリ映画好きの心にふれてくるものがあるのだ。青年が街をさまよう場面にヒッチコックの『めまい』へのオマージュが感じられたり、そもそも物語には『裏窓』やキャロル・リードの『フォローミー』を彷彿とさせたり。
ミツバチのささやき』のビクトル・エリセの折り紙がついたというのも納得の仕上がりで、素晴らしい映像が随所にある。ハイライトは路面電車内のシーンで、やっと探し当てたと思った主人公が、恐る恐るその相手ピラール・ロペス・デ・アジャラに話しかける。ふたりが会話を交わすこのわずか数分間のシーンが、瑞々しくも実に美しい。しかし、なぜ主人公がひとりの女性にそこまで執着する理由については、最後まで観客には示されない。亡くなった今野雄二さんが、映画評の中で主人公に狂気めいたものを感じると書いていたが、その指摘は鋭いと思う。ストラスブールの町並みと女性たちの美しさにはうっとりさせられるが、主人公の行動の謎が澱のようになっていつまでも心に残る映画である。
日本推理作家協会報2010年11月号]
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