夜の試写会/S・J・ローザン(創元推理文庫)

主役を交替しながら年一作のペースで巻を重ねていたのに、新作がぱったりと途絶えてしまったS・J・ローザンのリディア・チンとビル・スミスのシリーズ。そのわけは、八作目の『冬そして夜』でシリーズが到達点ともいうべき高みに達してしまったせいに違いないが、昨年やっと七年ぶりとなる新作が本国で上梓されたと聞き、ほっと一安心。そちらも待ち遠しいが、まずは日本独自編纂というリディア&ビル短篇集『夜の試写会』を。
表題作は、映画の業界人になりすましたリディアとビルがメディア・カレッジに乗り込み、容疑者を罠にかけようとするお話で、リディアの仕掛けるお色気作戦が愉快な一篇だ。ユーモラスな作品が目立つのも本作品集の特徴のひとつで、樹齢二百年の樫の木をめぐってビルの閃きが冴える「天の与えしもの」はスラップスティック調だし、エドガー賞の短篇賞に輝いた「ペテン師ディランシー」は、やり手の詐欺師を返り討ちにするリディアの機知に富んだ作戦が鮮やかだ。また、同じくコンゲーム色のある「虎の尾を踏む者」も痛快な仕上がりとなっている。
元来が長篇型なのか、収録策には余技的な作品が目立つが、さすがローザンと唸らされるのは、うらぶれた貧しい町で起きたバスケットボール選手の無理心中事件の真相をビルが解き明かしていく「ただ一度のチャンス」だろう。荒んだ生活から抜け出すには、プロ選手になるしかないという高校バスケット部員たちの逃れられない現実を主題とする作者の目線は実に真摯だ。テーマの重量感と読み応えは、長篇の諸作に通じるものがあるといっていいだろう。
[ミステリマガジン2010年7月号]

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)

夜の試写会 (リディア&ビル短編集) (創元推理文庫)