風船を売る男/シャーロット・アームストロング(創元推理文庫)

シャーロット・アームストロングは、エドガー賞を受賞した『毒薬の小壜』に代表されるように、市井の一員たる登場人物が事件に巻き込まれ、翻弄されるというパターンを得意とするアメリカの女性作家で、六十年代末に没するまでに三十冊近くの作品を世に送った。わが国においても、忘れられそうになると新訳が届けられるという地道な人気ぶりで、今回の『風船を売る男』は、前回の『見えない蜘蛛の巣』以来ほぼ十年ぶりのカムバックとなる。
身を粉にする働きで、作家志望の夫と幼い息子を養う健気な妻のシェリー。しかしある朝、ドラッグ中毒で正気を失った夫が息子に乱暴を働くのを目の当たりにして、彼女はやむなく夫にフライパンを振り下ろした。結婚当初から、嫁のことをよく思わない義父のエドワードは、ここぞとばかりに彼女から孫を取り上げ、息子と離婚させようと画策を始める。シェリーの弱みを握るために、報酬に目の眩んだ息子の古い友人クリフォードが差し向けられるが。
古びた下宿を舞台に、イノセントなヒロインに対して、姑息な手段で彼女の評判を落とそうとするクリフォードの奇妙な攻防戦が繰り広げられていく。エキセントリックな脇役たちやユーモラスな展開は、いわゆるコージーにきわめて近く、物語の進行とともに主人公の持ち金が減って困窮していくというファニーなサスペンスも笑いを誘う。善意と悪意の対決を真っ向から描いたいかにもアームストロングらしい作品だ。
[ミステリマガジン2010年7月号]

風船を売る男 (創元推理文庫)

風船を売る男 (創元推理文庫)