カティンの森/アンジェイ・ワイダ(2007・波)

今年の年明け早々、アンジェイ・ワイダがまだ生きていたことに感心してしまった罰当たりな映画ファンのわたし。しかし、昨年末に日本の観客のもとに届けられた『カティンの森』は、今から三年前の御歳八十で撮った作品とのことだが、ちっとも年齢を感じさせないバリバリの現役感に驚かされた。一九三九年、互いに不可侵条約を結んだドイツとソ連が、挟み込むような形でポーランドに侵攻。ソ連軍に捕虜となった多数の将校たちが、収容所からどこかへ移送されたまま行方不明となる事件が起きた。マヤ・オスタシェフスカの夫アントゥル・ジェミイェフスキもそのひとりで、数年後、大赦が与えられて帰国者が相次ぐ中にも彼の姿はなかった。
ポーランド現代史における大きな悲劇である「カティンの森事件」は、ソ連の秘密警察により数千人のポーランド人が命を奪われた大虐殺だが、ソビエト政府は戦後のニュールンベルク裁判でナチスの仕業と虚偽の告発を行うなど、事件から半世紀近くも自国の非を認めなかった。自身の家族も虐殺の犠牲になったというワイダは、第二次大戦下の歴史の闇を鋭く切り裂き、歴史の謎に秘められた非道な戦争犯罪を浮かび上がらせるが、一方では逆境に屈することなく生きていく人々を力強く描いて、観る者の心に深く刻みつける。女たちの織りなすドラマの数々が印象的だが、そのひとつひとつにこの悲劇を風化させじとするポーランドの巨匠の思いがこめられているようだ。
[日本推理作家協会報2010年3月号]
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