スペード&アーチャー探偵事務所/ジョー・ゴアズ(早川書房)

ハメットが「マルタの鷹」を世に送り出してから今年が八十年目にあたるらしく、それを記念しての出版と謳われて登場したのが、ジョー・ゴアズの『スペード&アーチャー探偵事務所』だ。「マルタの鷹」の前日譚というこの作品、なんでもハメット遺族の公認をもらっているようで、作品成立にいたる経緯が訳者あとがきに紹介されているのも興味深い。物語の幕開きは一九二一年。サム・スペードがコンチネンタル探偵社を辞し、サンフランシスコで探偵事務所を開くところから始まる。
ある銀行の頭取の依頼で、南国への船舶に密航しようとしている家出息子を連れ戻すことを請け負った私立探偵のスペードだが、その仕事のさ中に、金貨の盗難事件に巻き込まれていく。スペードは、捜査当局とぶつかり、地方検事補佐のブライアンから吊るし上げを食らうが、息子が無事に家に帰った銀行家からスペードに救いの手が差し伸べられる。しかし、盗難事件は金貨の一部を取り戻したものの、七万五千ドルの行方は知れず、黒幕と思われる人物も下っ端を始末して、雲隠れしてしまう。
全体は三部構成で、オムニバス長篇のような体裁をとっているが、ひとつひとつが独立したエピソードでありながら、物語構成上の繋がりがあって、最後の最後にきちんとひとつの物語として完結する。そのあたりの上手さは、すでに『路上の事件』などで証明済みだが、本作にはハードボイルドのひとつの聖典とも呼ぶべき「マルタの鷹」へと繋がっていく面白さがある。錯綜した物語を非常に簡潔で力強く語っていくあたりに、ハメットへのリスペクトを捧げるゴアズという作家の本領がうかがえる。
[ミステリマガジン2010年3月号]

スペード&アーチャー探偵事務所 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

スペード&アーチャー探偵事務所 (ハヤカワ・ノヴェルズ)