忙しい死体/ドナルド・E・ウェストレイク(論創社)

昨年の大晦日に休暇先のメキシコで亡くなったというドナルド・E・ウェストレイクの訃報は、ミステリ・ファンを嘆かせた。ただ、偉大なる才能は失われたが、未紹介のウェストレイク作品はまだまだ山ほど残されているのが、日本の読者にとって、せめてもの救いだろう。原著刊行から四十三年という時を経て、やっと紹介された『忙しい死体』も、そんな中の一冊だ。
組織に雇われていた父親のあとを継ぐように、ギャングの世界に入ったエンジェル。とんとん拍子に出世し、ボスから一目おかれるようになったのはいいが、あるとき、とんでもない命令を受ける。心臓麻痺で死んだ仲間の死体を墓場から掘り起こし、屍衣を脱がして、持って来い、というのだ。生前、男は麻薬の運び屋で、彼の青いスーツにはヘロインがたんまりと縫いこまれていた。未亡人は、その一張羅の上着を着せて、夫を棺に納めたのだった。しかし、深夜の墓荒らしの甲斐もなく、棺の中は空っぽ。ボスに尻を叩かれるエンジェルは、泣く泣く死体の行方を追うが。
時代的には、エドガー賞をとった「我輩はカモである」の前年の作で、ドートマンダー・シリーズの第一作「ホット・ロック」が書かれるのは、まだ四年先のことである。死体探しというシンプルなプロットに、警察に追われたり、謎の美女が絡んだりと肉付けする上手さは、さすがウェストレイク。やや時代を感じさせる野暮ったさも目につくが、最後の最後にはミステリ・ファンを納得させる落とし前をきっちりとつけるあたり、つくづく稀有な才能の持ち主だったと改めて感心させられる。
[ミステリマガジン2009年11月号]

忙しい死体 (論創海外ミステリ)

忙しい死体 (論創海外ミステリ)