グローバリズム出づる処の殺人者より/アラヴィンド・アディガ(文藝春秋)

アラヴィンド・アディガの「グローバリズム出ずる処の殺人者より」は、ブッカー賞受賞、作者がインドのムンバイ在住、付けも付けたりという邦題と、ミステリ・ファンにはさほど関心のわかない話題ばかりが先行するが、ハイスミスも真っ青の犯罪小説として、「殺意」や「叔母殺人事件」ばりの倒叙ミステリとして、まことに見事な読み応えある作品だ。
ホワイトタイガーの異名をとる主人公のインド人青年が、なぜか中国の温家宝首相に語りかける形で物語は始まる。起業家として成功とともに、自分は主人の喉を切り裂いた殺人者であることを明かす彼。故郷のダンバードで、幸運にも運転手の職にありついたのをきっかけに、資産家らしからぬ理解ある主人アショクのお供で都会のバンガロールへやってきた。都会での生活は彼を虜にするが、格差社会の壁は厚く、奴隷同然の身の上は変えられない。おまけに故郷の家族は、搾り取ってやろうと彼をハイエナのように狙っている。生真面目な性格も災いし、ついに溜め込んだストレスが飽和状態を迎える日がやってきて。
そもそも彼の地インドが、今やテクノロジーアウトソーシングの先端国であるという事実に驚かされるが、カーストを前提とした凄まじい格差社会の残酷な現実を克明に描きながら、重々しい現代版「罪と罰」へは傾かず、適度のユーモアとサスペンスで犯罪小説としても楽しめる抜群のリーダビリティへと導いている。この手腕こそ、ブッカー賞受賞の余裕と貫禄というべきだろう。
[ミステリマガジン2009年5月号]
(追記)
ちなみに「グローバリズム出ずる処よりの殺人者」が受賞した年のブッカー賞のロングリストには、トム・ロブ・スミスの「チャイルド44」がありました。残念ながら、ショートリストには残れなかったのですが。

グローバリズム出づる処の殺人者より

グローバリズム出づる処の殺人者より