古城ホテル/ジェニファー・イーガン(ランダムハウス講談社)

長篇小説は五年に一冊という、寡作な作家ジョニファー・イーガン。デビュー作の「インヴィジブル・サーカス」は、キャメロン・ディアス主演で映画(邦題「姉のいた夏、いない夏」)にもなったので、ご存知の向きもあるだろう。『古城ホテル』は、二○○六年に上梓されたイーガンの第三長篇にあたる。
株式トレーダーとして財をなし、東欧の古城を買い取って改築し、ホテル業を営もうとしている従弟ハワードからの誘い。トラブルで苦境にあった主人公のダニーは、一も二もなくニューヨークをあとにするが、崩壊寸前に見える古城で待ち受けていたのは、不可解な出来事だった。従弟を手助けするためにやってきたダニーを幻惑する城塞に棲む謎の老婆。従弟は二十年目の苛めの復讐を企んでいるのではないか、という不安も主人公の心をよぎる。追い詰められたダニーは、捨て身の脱出を試みるが。
と、紹介したくだりは、実は作中作の小説の部分にあたり、入れ子の構造になっている。小説を書いているのは、ニューヨークの刑務所に収監されている囚人レイで、彼は所内で更正プログラムの創作講座を受講しており、講師のホリーに密かに思いを寄せている。交互に語られるふたつの物語は、やがて意外な形でシンクロするわけだが、謎解きでもないし、ホラーでもないのに、現実と虚構それぞれのパーツは不思議なサスペンスを湛えていて、物語の水面下へ読者をぐいぐいと引っぱりこむ。独特の緊張感が生むテンポの良さも心地よい。
[ミステリマガジン2008年7月号]

古城ホテル

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