盗聴犯〜死のインサイダー取引〜/アラン・マック&フェリックス・チョン監督(香・2009)


一九九七年に中国に返還された香港が、映画の世界で今なお香港映画の看板を掲げていられるのは、社会主義の中国が特別行政区として香港の資本主義活動を例外的に認めているからで、変わらぬ作品の質の高さで、東洋のハリウッドとしての伝統と命脈を保っている。ここのところ、きな臭さと胡散臭さでイライラさせられることの多い日中関係だが、そんなの何処吹く風と、この夏も〈夏の香港傑作映画祭〉と〈ニュー香港ノワール・フェス〉の二つの特集上映が都内の映画館で催された。
そこでの上映作のひとつ〈盗聴犯〜死のインサイダー取引〜〉は、日本でも大ヒットした〈インファナル・アフェア〉三部作の監督・脚本チームに名を連ねたアラン・マックフェリックス・チョンの作品だ。株のインサイダー取引をめぐり、容疑者を看視する香港警察の捜査チームに加わった情報課のラウ・チンワンら三人の捜査官は、ある時、値上がり株の極秘情報をたまたま知ってしまう。難病の子を抱えるルイス・クーと彼に同情するダニエル・ウーのふたりが、件の株に手を出そうとするのをラウ・チンワンは止めようとするが、タッチの差で取引は成立。株はみるみる値を上げていくが、思いもかけない陥穽が彼らを待ち受けていた。
警察の科学的な組織捜査を追う序盤から、やがて金の誘惑に負けた男たちがたどっていく運命に焦点を合わせたノワールの世界へと物語は静かに移行していく。その過程で活きてくるのは、三人の捜査官たちの私生活の模様を描いてきた前半で、それぞれが抱える思うにまかせない事情が、数奇な運命の歯車となって回りはじめる。壮絶な復讐劇として昇華されるあまりにも濃厚なクライマックスは、過剰なまでのロマンチシズムに眩暈をおぼえるほどと言っていいだろう。
日本推理作家協会報2012年10月号]