The 500/マシュー・クワーク(ハヤカワ・ミステリ)

草の頂き、袋の中の豚、ヴァイオリン・ゲーム。耳慣れないこれらの言葉も、「ほら、映画でもあったでしょ、〈スパニッシュ・プリズナー〉ってのが」というヒントを出せば、ピンとくる読者は多かろう。そう、すべては詐欺の名前。その手口を知りたくば、今月一番のお奨め、マシュー・クワークのデビュー作『The 500』をお読みいただきたい。
詐欺師の父親は服役中、せっかく通ったロー・スクールも、母親の治療費のために借金がかさんでピンチと、捨て鉢の気分でいた主人公マイクに、カリスマ・ロビイスト率いる会社が、破格の条件で働かないかと話を持ちかけてきた。怪訝な思いにかられながらも、経営陣の前で難しい案件を処理してみせたマイクは、見事シニア・アソシエイトに仲間入り。かつての上役で憧れの同僚アニーとも恋仲になり、順風満帆の人生を歩み始めた。しかし好事魔多し。セルビアの富豪が持ち込んだ案件が、彼を思わぬ窮地へ追いやることに。
立法を裏から促す専門家として、近年は日本の政界でも注目を浴びるようになったロビイストだが、そのメッカともいうべきワシントンDCを舞台にした密度の高い犯罪小説である。青二才ながら、父親譲りの才能で悪の道にも通じたマイクは、生き馬の目を抜く海千山千のプロフェッショナルを相手に、知力を駆使しての闘いを挑んでいく。主人公の特技から、同じポケミスで出たエドガー賞を受賞した『解錠師』と比較したくなるが、先の読めない展開に胸躍る前半のスリルといい、終盤俄かに濃やかになり、心にしみてくる父と子の絆の物語といい、軍配をあげるなら本作だろう。
[ミステリマガジン2012年11月号]

The 500 (ザ・ファイヴ・ハンドレッド) 〔ハヤカワ・ミステリ1861〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

The 500 (ザ・ファイヴ・ハンドレッド) 〔ハヤカワ・ミステリ1861〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)