溺れる白鳥/ベンジャミン・ブラック(RHブックスプラス)

ミステリという狭い括りの中でばかり本を読んでいると、ミステリといえども小説である、という当り前のことをややもすると忘れてしまう。ベンジャミン・ブラックブッカー賞作家ジョン・バンヴィルの別名)の『ダブリンで死んだ娘』は、そんなわたしのような迂闊な読者に、小説本来の面白さや滋味を久々に思い起こさせてくれたが、それから二年、待ち望んだブラック名義の第二作『溺れる白鳥』がやっと届けられた。
病院の病理科医長で検視官の肩書きもある主人公のクワークを、大学時代の旧友と名乗る男が訪ねてきた。相手の顔も名前も記憶が曖昧だったが、身投げをした妻ディアドラの死体を解剖しないでくれと必死に頼む相手に同情し、できるだけそう取り計らうとクワークは約束をしてしまう。しかし女の死体に奇妙な注射針の跡を発見したことから、クワークの心中に疑念が芽生える。密かに生前のディアドラについて調べ始めた主人公だったが、彼女の共同経営者だった男の身辺に自分の娘フィービの姿を見かけ、激しく動揺する。
中盤もたつきながらも終盤できちんと巻き返しをみせ、ミステリとしての完成度は今回も高い。主人公を同じくするシリーズの第二作というよりは、続編と呼ぶ方が相応しい本作では、家族小説の色合いが前作にも増して濃いものとなり、別々に暮らさねばならなかった娘との関係に悩む主人公の複雑な胸中と事件が鮮やかなシンクロをみせる。ふたりの血の絆をめぐって、あとひく思いが残る本作だが、そういう意味で本作はクワークという主人公の物語の一欠片に過ぎないのかもしれない。ブラックの作品は初めてという読者は、まず前作を読まれたし。

溺れる白鳥 (RHブックス・プラス)

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