引き裂かれた女/クロード・シャブロル監督(2007・仏)

特集上映や研究書の翻訳出版など、クロード・シャブロルをめぐり改めての評価が進められているようだ。先の東京国際映画祭で上映された遺作の『刑事ベラミー』を取り上げたときにも触れたが、かつてヌーベルバーグの旗手と謳われたこの巨匠にはヒッチコックのフォロワーという一面もあって、エド・マクベインパトリシア・ハイスミス、ルース・レンデルらの原作と四つに組んだ作品もある。ミステリの方面にもめっぽう明るかったこの映像作家は、惜しくも去年の秋に八十歳で世を去ってしまったが、しかしその死がきっかけとなって意外と多く残されている未公開作品を観られる機会に恵まれるとは、(ちょっと皮肉なこととはいえ)喜ばしい限りだ。
遺作の前作にあたる『引き裂かれた女』も、そんな作品のひとつである。女たらしの売れっ子作家フランソワ・ベルレアンは、美しい妻とともにリヨンの田舎町で隠遁生活を送る身である。新しい小説のプロモーションとあればやむなしと、気が進まないローカル局のテレビ出演を引き受けるが、そこで魅力的な天気予報担当のリュディヴィーヌ・サニエが目にとまる。さっそくデートに誘い、ものにしてしまうが、飽きるのも早いフランソワ。一方、相手の心変わりに戸惑う彼女に、今度は父親の遺産で遊び暮らすブノワ・マジメルがしつこく言い寄ってくる。作家へのつのる思いを断ち切れないまま、寂しさから金持ちの青年のプロポーズを受け入れてしまうが。
本作の下敷きになっているのは、二十世紀初頭のニューヨークで起きたスタンフォード・ホワイト殺害事件だ。過去にリチャード・フライシャーミロシュ・フォアマンも映画化しているこの情痴事件の題材を、あえてシャブロルが取り上げた理由は、おそらくこの映画のオフビートなラストシーンにあるのではないか。タイトルの意味するところを、思いがけない形でつきつけられる観客は、ただただ唖然とするしかない。作家と金持ちの青年の間で揺れ、千々に乱れるヒロインの心は、ほかにも不自然なまでのブツ切りのカットなどでも表現されていて、不思議な緊張感を掻き立てられる。老いを感じさせない思い切った演出手法の数々に、改めてシャブロルは生涯現役の映像作家だったと思い至る。引き続き公開される未紹介作への期待をさらに膨らませてくれる作品だ。
日本推理作家協会報2011年4月号]
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