アンチクライスト/ラース・フォン・トリアー監督(2009・独仏丁、他)

痛いというと、痛々しいの意味で使われていることが多い昨今だが、『アンチクライスト』はまさに肉体的な苦痛に満ちた?痛い?映画だ。雪の晩に起きた悲劇で物語の幕はあがる。ウィレム・デフォーシャルロット・ゲンズブールの夫婦は、ある晩情欲にかられて浴室でセックスに及ぶが、その隙にベッドを抜け出した幼い息子が、マンションの窓から墜落死を遂げてしまう。かけがえのない命を失い、悲しみの渕から這い上がることのできなくなった妻に、セラピストの夫は催眠療法を施す。以前行ったこと森の奥にある山小屋になぜか妻が恐怖を抱いていることを知った夫は、彼女を連れて山へと向かう。
デンマーク出身のラース・フォン・トリアーは、『奇跡の海』や『ダンサー・イン・ザ・ダーク』などを撮った個性派だが、本作もまたなんとも癖のある仕上がりだ。タイトルはキリスト教に対する不信仰を意味するが、わが子を失った苦悩が暴力となって吹き荒れる後半の展開は、まさに神の不在を思わせる。目を覆いたくなるような所業を重ねていく妻の役を、シャルロット・ゲンズブールはまさに憑かれたように演じて、圧巻。エピローグに描かれるファンタスティックな結末はさまざまな解釈を生みそうだが、わたしには自責の念から神経衰弱に陥った妻を救うことができなかった夫に下された天罰のように映った。
日本推理作家協会報2011年4月号]
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