冷血の彼方/マイケル・ジェネリン(創元推理文庫)

出会いに期待と緊張感はつきものだが、新たに届けられたシリーズものの最初の一冊をひもとくスリルは、やはりひとしおのものがある。今月は、そんな気分を存分に味わわせてくれた一冊から。欧州中部の共和国スロヴァキアを舞台にした警察小説シリーズの幕が開がるマイケル・ジェネリンの『冷血の彼方』である。
ある晩女性刑事のヤナは、首都ブラティスラバの高速道路で起きた交通事故の現場に駈けつけるが、炎上するヴァンから死体で見つかった七体の遺体のひとつは、顔見知りの売春婦だった。運転手は名義の異なる二つのパスポートを所持しており、ほぼ時を同じくしてドナウ川ウクライナ人女性の射殺死体が見つかったことから、ヤナは捜査のために隣国へと向かう。そこで伝説的な犯罪者の関わりをつきとめるが、その矢先、彼が仕掛けたと思われるクラブの爆破事件に危うく巻き込まれそうになる。
小狡い部下のセゲスや主人公を見守る上司のトロカンらの脇役から、敵役の犯罪者コバに至るまで、それぞれに抜群の存在感があるが、ヒロインのヤナ警部もその例外ではない。物語は、各国に跨る人身売買ネットワークの暗躍が疑われることから、EUの会議に事件を報告するためフランスを訪れたヤナを、今度は奇妙な連続殺人事件が襲う。冒頭の事件を置き去りにしたようなこの展開にはしばし唖然とするが、気がつくと引き込まれているのは、カットバックで織り込まれていく主人公の数奇な過去にひきつけられるからだろう。共産主義政権下の殺伐とした空気の中で、すれ違いを繰り返す家族の悲痛な運命は、ヒロインの捜査官としての強靭な性格とも鮮やかな結びつきをみせる。散り散りになった事件の断片が、やがてひとつに収束していく終盤の謎解きも新鮮。今後に期待が膨らむ新シリーズの登場といっていいだろう。
[ミステリマガジン2011年5月号]

冷血の彼方 (創元推理文庫)

冷血の彼方 (創元推理文庫)