インセプション/クリストファー・ノーラン監督(2010・米)

断片的に伝わってくる事前情報からは、その内容がまったくといっていいほど想像のつかなかったクリストファー・ノーラン監督の新作『インセプション』は、ミステリでいう 一種のケイパー(強奪)物だが、非常に風変わりな設定がなされている。天才的な産業スパイのレオナルド・ディカプリオは他人の夢の中に入り込み、その人物のアイデアや秘密にしているものを奪うことを得意としている。しかし、現在は国際指名手配されている身であり、妻とは死別し、母国アメリカに残した子どもたちとも会うことがかなわない。そんな彼に、格好の仕事の仕事が舞い込む。成功すれば彼の犯罪歴をチャラにできると依頼人渡辺謙は約束するが、仕事の内容は相棒のジョゼフ・ゴードン=レヴィットが即座に不可能と言い切るほど困難なものだった。しかし、子どもたちと暮らしたいディカプリオは依頼を引き受け、エレン・ペイジをはじめとする優秀な仲間たちのスカウトを開始する。
単純に言ってしまえば、ターゲットの夢に侵入し、深層心理に近づくというミッションなのだが、作中に構築されている世界のルールは複雑かつ緻密で、前半はそれを呑み込むのに四苦八苦させられる。しかし、その仕組みが見えてくるとしめたもので、めくるめく展開が実に新鮮。不可解だった点が、ひとつひとつ腑におちていく展開は、SFというよりはミステリの快感に近い。ディカプリオ率いる六人組の顔ぶれも魅力的で、彼らが見せるチームワークもケイパーものとしての面白さにひと役買っている。さらに計画の遂行過程で、ディカプリオは亡き妻マリオン・コティヤールとの過去にも対峙せねばならないが、そこでまた大きな謎が解き明かされていく。なんとも欲張りな作りだ。映画史上屈指のある名作に捧げられたオマージュにも、思わずニヤリとさせられた。
日本推理作家協会報2010年9月号]
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