オスカー・ワイルドとキャンドルライト殺人事件/ジャイルズ・ブランドレス(国書刊行会)

大英帝国の黄金時代にもあたるヴィクトリア朝のロンドンは、時代ミステリにとって恰好の舞台のようで、この春にガイ・リッチー監督の映画『シャーロック・ホームズ』で見た街のくすんだ佇まいとアクの強い熱気がまだ記憶に生々しく残っている。ジャイルズ・ブランドレスの『オスカー・ワイルドとキャンドルライト殺人事件』もその時代を背景にしている。
一八八九年八月、オスカー・ワイルドはカウリー・ストリートにあるテラスハウスで、喉を掻っ切られて死んでいる知り合いの少年を発見する。死体は数本のキャンドルの灯りに照らされていたが、その直後、なぜか忽然と消え失せてしまう。友人のコナン・ドイルの紹介で、事件についてロンドン警視庁のエイダン・フレイザー警部に調査を依頼するが、警部は気乗りしない様子で、結果報告も、証拠は見つからず、これ以上の捜査は不可能、と素っ気ないものだった。少年への愛着から、ワイルドは彼と知り合うきっかけを作った男や少年の母親を訪ね、死の直前に彼が訪れていた奇妙なランチ・クラブの存在をつきとめるが。
ワイルドの親友で桂冠詩人ワーズワースの血をひく語り手のロバートが、本作におけるワトスン役だ。彼を通して語られるワイルドは、後の同性愛をめぐるスキャンダルや獄中生活といった暗いイメージとは無縁で、世紀末のロンドンでもっとも才気溢れる劇作家と伝えられるウィットとユーモアに富む闊達な男として描かれ、読者をも魅了する。ミステリとしての出来映えも、多数の伏線を最後の最後まできっちりと回収する律儀さがあって実に見事。単なる脇役で終わらないドイルのさすがの存在感にもニヤリとさせられる。
[ミステリマガジン2010年9月号]

オスカー・ワイルドとキャンドルライト殺人事件

オスカー・ワイルドとキャンドルライト殺人事件