息もできない/ヤン・イクチュン監督(2009/韓)

アジアン・ムービーのショーケースともいうべき東京フィルメックスで、去年の最優秀作品賞に輝いたのが、この『息もできない』だ。俳優のヤン・イクチュンは、思い立ってこの脚本を3か月で書き上げたというが、さらに自らの監督、主演により本作を作り上げてしまった。彼の役どころは、債権回収の仕事を手伝っているケチなチンピラで、肩で風を切って歩くそんな彼の目の前に、ある日、負けん気の強い女子高校生キム・コッピが現われる。荒っぽい言葉をぶつけ合う二人だが、相手への反発心は、次第に淡い好意へと変わっていく。
といっても、物語はありがちなロマンスとは無縁で、アウトローとして生きるしかない主人公の生き方を見つめる目線があくまで冷徹なところは、ノワールを思わせる。チンピラは親からひどい仕打ちを受けた過去を今も引き摺っており、似たような境遇に悩んでいる高校生の心の痛みを理解し、次第に心を通わせていく。友情と恋愛の中間地点で踏みとどまる二人の関係は、最後まで甘い男女の恋愛に流れていかないが、それゆえ、夜の漢江の岸辺で、傷ついたふたりが身を寄せ合うシーンには、観る者の心を揺さぶる力がある。幕切れのカタストロフィが終始ちらつく物語の流れにやや既視感があるが、借り物の安易さはない。終始主人公に暖かく接する債権取立の元締チョン・マンシクの好人物ぶりが光っている。 
日本推理作家協会報2010年6月号]
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