沼地の記憶/トマス・H・クック(文春文庫)

二年半ぶりに届けられたトマス・H・クックの新作『沼地の記憶』は、若き日の愚かな罪に対するひとりの男の悔恨の物語である。回想と裁判の記録から浮かび上がってくるのは、高校教師として教え子たちに接した主人公の若き日々で、殺人犯の息子とレッテルを貼られた少年の中に才能を見出し、彼へ肩入れした思い出だった。しかし、それは思わぬ形で悲劇を招いてしまう。
文学の領域にあると言われるクックだが、ミステリの技法への精通は依然大きな持ち味となっている。本作では、人は犯した罪を抱えて生きねばならないという悲痛なテーマを、切れ味鋭い犯罪小説の小説作法で料理してみせる。過ぎ行く時の無情漂う登場人物たちのその後の記述が、やるせなく切ない。
ミステリ・マガジン2010年6月号]

沼地の記憶 (文春文庫)

沼地の記憶 (文春文庫)