運命のボタン/リチャード・マシスン(ハヤカワ文庫)

キャメロン・ディアス主演の映画の日本公開にあわせ、その原作を表題作としたリチャード・マシスンの日本オリジナル作品集『運命のボタン』が出た。おりしも、マシスン・トリビュートの書き下ろしアンソロジー「ヒー・イズ・レジェンド」(レビューは次号)の翻訳紹介などともあいまって、マシスン・リバイバルの機運高まる中での登場である。
オールド・ファンには小鷹信光の名紹介(懐かしや、『激突!』の解説中)も思い出される表題作は、玄関先に現れた謎の男から、ボタンを押すだけで五万ドルという大金が転がり込むといううまい話を持ちかけられた夫婦の物語だ。ボタンを押しても、世界のどこかで知らない誰かが死ぬだけだと男は言う。妻のノーマは散々迷った挙句に、ある決断を下すことに。
ショートショート程度のこの掌編を、どうやって長篇映画に仕立てたのかと興味津々だが、映画の話はさておき、表題作をはじめとして、アイデア・ストーリー風の小品が並ぶ前半は、正直やや物足りない。しかし、邪悪な死者がこどもを連れ去ろうとするストレートなホラーの「戸口に立つ少女」あたりから、俄然テンションが上がってくる。犯罪小説風の「死の部屋のなかで」やユーモア漂う「四角い墓場」、さらにハートウォームな「声なき叫び」やグレムリンをめぐる男の妄想が暴走する「二万フィートの悪夢」と、後半は、短篇という限られた枠組みの中でも、読み応え十分の作品がずらり。幅広いジャンルに目を配ったセレクトの妙も見事だ。稀代のストリーテラーというこの作家の才能を堪能されたし。
[ミステリマガジン2010年6月号]

運命のボタン (ハヤカワ文庫NV)

運命のボタン (ハヤカワ文庫NV)