ベツレヘムの密告者/マット・ベイノン・リース(ランダムハウス講談社文庫)

西は地中海、東はヨルダン川。シリアやエジプト等と国境を接する面積約2万7000平方キロに及ぶ南北縦長の地パレスチナを舞台に新シリーズを立ち上げたのが、タイム誌の支局長を経験し、作家に転身した今もエルサレムに居を構えるイギリス作家マット・ベイノン・リースである。歴史的な背景だけでなく、現在も政治的、宗教的に複雑な状況にあるこの地域を舞台に、さてどんなお話が繰り広げられるのか興味津々の第一作『ベツレヘムの密告者』だ。
主人公のオマー・ユセフは、国連がパレスチナ難民救済事業として運営する国連学校で教鞭をとる歴史の教師である。ある日、教え子だったサバが警察に逮捕される。イスラエル軍に内通し、抵抗派リーダーの射殺に手を貸したという罪状だったが、彼には聡明で誠実な教え子が犯人だとはどうしても思えなかった。町を牛耳る武装派集団の決めつけで、容疑者の有罪が動かぬものとなる中、なすすべもない警察に業を煮やしたオマー・ユセフは、自らの危険も顧みず、事件の渦中へと飛び込んでいくが。
謀略の舞台としてではなく、市井の人々の生活に焦点をあわせ、そこからパレスチナが今日置かれている混迷的な状況を描いている点を買いたい。ときに正義漢となり、またときに卑小さものぞかせる等身大の主人公がなんとも魅力的で、彼をとりまく家族や友人たちも、人懐こく、いい味を出している。事情通というだけでなく、味のある小説が書ける作家として、次回作への期待も募る。ちなみに、本作は2008年のCWA賞で最優秀新人賞に輝いている。
[ミステリマガジン2009年9月号]

ベツレヘムの密告者 (ランダムハウス講談社 リ 5-1) (ランダムハウス講談社文庫)

ベツレヘムの密告者 (ランダムハウス講談社 リ 5-1) (ランダムハウス講談社文庫)