凍てついた墓碑銘/ナンシー・ピカード(ハヤカワ文庫)

ここのところ、とんとご無沙汰のナンシー・ピカードだが、久々の『凍てついた墓碑銘』は、2007年のエドガー賞の最終候補にまで残った作品。残念ながら、ジェイソン・グッドウィンの『イスタンブールの群狼』に受賞の栄誉は譲ったが、アガサ賞、マカヴィティ賞のダブルクラウンという折り紙が付いての登場だ。
カンザス州の田舎町の墓地で、アルツハイマーに冒された判事の老妻が凍死体で見つかった。発見したのは造園業を営むアビーと彼女の幼馴染で保安官のレックスだった。彼らには、かつてミッチという共通の友人がいて、三つの家族は深い付き合いがあった。しかし十七年前のある夜、彼らの運命を変える出来事が起こった。吹雪の放牧地で女性の全裸死体が見つかり、医師、であったアビーの父親と、保安官だったレックスの父親は、彼女を身元不明人として扱い、村の墓地に葬ったのだ。その一部始終を目撃し、ある秘密を知ったミッチは、翌朝判事である父親から、有無を言わさず町を出て行くよう言い渡されてしまう。
登場人物ひとりひとりの心理を、優しく丁寧に描いているという点で、女性作家の眼差しが感じられ、歳月の重みと事件の複雑な絵柄を同時に編み上げていくような小説作法が実に見事。ミッチの帰郷で、ヒロインであるアビーの心が揺れ動く中盤の甘口な展開はやや興醒めだが、やがて待ち受ける終盤の展開の読み応えは、それを挽回してなお余りある。作者の代表作として記憶されるに相応しい力作だと思う。
[ミステリマガジン2009年9月号]

凍てついた墓碑銘(ハヤカワ・ミステリ文庫)

凍てついた墓碑銘(ハヤカワ・ミステリ文庫)